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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)10347号 判決 1999年3月19日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 豊島時夫

同 道下徹

同 齋藤護

同 松葉知幸

同 三木俊博

同 大深忠延

右大深忠延訴訟復代理人弁護士 斎藤英樹

原告 乙川次郎

右訴訟代理人弁護士 道下徹

被告 愛媛県

右代表者知事 加戸守行

右訴訟代理人弁護士 村田建一

右指定代理人 石崎洋一 外五名

被告 国

右代表者法務大臣 陣内孝雄

右指定代理人 黒田純江 外三名

被告 株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役 斎藤明

右訴訟代理人弁護士 高木茂太市

同 入江教之

右高木茂太市訴訟復代理人弁護士 佐藤泰弘

同 里井義昇

被告 株式会社産業経済新聞社

右代表者代表取締役 清原武彦

右訴訟代理人弁護士 渡邊俶治

被告 株式会社大阪新聞社

右代表者代表取締役 佐藤一男

右訴訟代理人弁護士 中川清孝

同 片岡利雄

右中川清孝及び片岡利雄訴訟復代理人弁護士 伊藤寛

被告 丙山一郎

右訴訟代理人弁護士 米田功

同 市川武志

主文

一  被告株式会社毎日新聞社は、原告甲野太郎に対し、金五五万円及びこれに対する平成元年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社大阪新聞社は、原告甲野太郎に対し、金二二〇万円及びこれに対する平成元年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告甲野太郎のその余の請求をいずれも棄却する。

四  原告乙川次郎の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告甲野太郎に生じた費用の二〇分の一及び被告株式会社毎日新聞社に生じた費用を被告株式会社毎日新聞社の負担とし、原告甲野太郎に生じた費用の五分の一及び被告株式会社大阪新聞社に生じた費用を被告株式会社大阪新聞社の負担とし、原告甲野太郎に生じたその余の費用、被告愛媛県に生じた費用の二分の一、被告国に生じた費用、被告株式会社産業経済新聞社に生じた費用及び被告丙山一郎に生じた費用を原告甲野太郎の負担とし、原告乙川次郎に生じた費用及び被告愛媛県に生じたその余の費用を原告乙川次郎の負担とする。

六  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して二一〇〇万円及びこれに対する平成元年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告愛媛県は、原告乙川次郎に対し、九〇万円及びこれに対する平成四年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告愛媛県を除く被告ら)

1  原告甲野太郎の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告甲野太郎の負担とする。

3  仮執行免脱宣言(被告国)

三  請求の趣旨に対する答弁(被告愛媛県)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

(原告甲野太郎関係)

1 ダイナマイトによる爆殺事件の発生

昭和六三年一〇月二五日午後一〇時三〇分ころ、松山市石手白石<番地略>所在の被告丙山一郎(以下「被告丙山」という。)宅において、被告丙山宅車庫に駐車中の自動車のボンネット上に置かれていた紙箱を被告丙山が持ち帰り、被告丙山の姪であるAが右紙箱の端から出ていた紙片を引っ張ったところ、紙箱に設置されていたダイナマイトが爆発し、同女が死亡したほか、被告丙山ら四名が重軽傷を負う事件(以下「本件殺人事件」という。)が発生した。

2 被告愛媛県に対する請求

(一) 原告甲野太郎の逮捕、勾留及び公訴の提起

(1) 愛媛県警察(以下「県警」という。)は、本件殺人事件の捜査について、県警本部刑事部長坪田守雄を捜査本部長、松山東警察署(以下「松山東署」という。)署長梶田省一を副本部長とする捜査本部を開設し、県警本部及び県警所属警察署の警察官約二六〇名を捜査に当たらせた。

(2) 松山東署所属警察官は、昭和六三年一二月一八日、松山地方裁判所裁判官に対し、原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)が、かつて湯山タクシー有限会社(以下「湯山タクシー」という。)の代表取締役であったB(以下「B」という。)と共謀の上、昭和五九年一〇月中旬ころ、Bには代表取締役の資格がないのに、行使の目的をもって、その資格を冒書した署名押印がある借用証書三通(以下「本件借用証書」という。)を作成、偽造し、さらに、原告甲野が、金員騙取の目的で昭和六〇年五月一四日、湯山タクシーを被告として松山地方裁判所に貸金請求訴訟(松山地方裁判所昭和六〇年(ワ)第二二四号事件・以下「本件貸金訴訟」という。)を提起し、本件貸金訴訟において本件借用証書を証拠として提出したほか、Bに偽証を教唆し、Bをして右裁判所において本件借用証書の成立等について虚偽の証言をさせたが、昭和六一年七月三一日、原告甲野敗訴の判決が言い渡され、金員騙取の目的を遂げなかったとする有印私文書偽造罪、同行使罪、詐欺未遂罪及び偽証教唆罪の被疑事実(以下「本件被疑事実」という。)について、逮捕状の発付を請求し、同日、逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)の発付を受けた。そして、原告甲野は、昭和六三年一二月一九日、本件被疑事実により逮捕され(以下「本件逮捕」という。)、同月二〇日、引き続き勾留され、同月三一日、処分保留のまま釈放された。

(3) 松山地方検察庁検察官は、平成元年一月一三日、松山地方裁判所に対し、原告甲野を被告人として、本件被疑事実により公訴を提起した(以下「本件公訴提起」という。)。

(二) 本件殺人事件の初期捜査の違法

県警は、原告甲野を、本件殺人事件発生直後から重要容疑者の一人と判断していたのであるから、本件殺人事件の捜査に当たり、刑事訴訟法の趣旨及び犯罪捜査規範九九条並びに捜査実務の慣行にしたがって、できる限り早期に任意で原告甲野を取り調べ、アリバイその他重要事項について原告甲野が記憶を失う前に事情聴取すべき義務を負っていた。右義務は、これを尽くしていれば原告甲野も本件殺人事件当日のアリバイ、動機の有無等について明確な説明ができ、県警も以後、原告甲野に対する無用にして人権侵害にわたる捜査をする必要がなかったほど重要なものであった。

しかるに、県警は、右義務を怠り、本件殺人事件発生の翌日、警察官を原告甲野のところへ派遣したものの、本件殺人事件に関する事情聴取は全く行わなかった。

(三) 任意捜査懈怠

本件殺人事件について、県警は、原告甲野を任意で取り調べることに何の支障もなく、加えて、県警が自身を本件殺人事件の重要容疑者としていることを察知した原告甲野が、県警に対し、自身を取り調べるように要求していたのであるから、県警は、前記法規範等を順守し、原告甲野を任意で事前に取り調べ、嫌疑の有無について判断すべき義務を負っていた。しかるに、県警は、原告甲野を本件被疑事実によっていわゆる別件逮捕するまで、原告甲野に対し、本件殺人事件についての任意の取調べを全く行なわなかった。

(四) 最重要容疑者選定の違法

県警は、原告甲野が被告丙山に多額の負債を負い、その返済に窮していたという状況証拠及び被告丙山の犯人は甲野に違いないとの供述に基づいて、原告甲野を本件殺人事件の最重要容疑者に選定したものであるが、原告甲野が、昭和六三年一二月一二日に自ら県警に出頭して詳細に説明した事実関係は、本件殺人事件が発生した同年一〇月二五日の前日からの同人の行動に矛盾する点がなかったこと、動機が不十分であったこと、原告甲野にはダイナマイトを使用した本件殺人事件の犯行能力がなかったこと、原告甲野は、自己を犯人扱いとする取材行動をしていた報道関係者に抗議し、原告甲野の写真を撮影した報道関係者を県警に連れていく等真犯人であれば通常とれないような行動をとっていたこと及び本件殺人事件の真犯人であるC(以下「C」という。)には、本件殺人事件を挙行する理由が十分存在しており、県警も右事実を知っていたか、又は通常の内偵捜査によって容易に知り得たことに照らし、右重要容疑者選定は違法である。

(五) 逮捕の理由の不存在

本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、原告甲野には、本件被疑事実について、次のとおり、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなかったのであり、本件逮捕状請求行為及び本件逮捕はいずれも違法である。

(1) 有印私文書偽造、同行使罪について

Bは、湯山タクシーの社員持分権の買戻し特約の行使により、本件借用証書が作成された昭和五九年一〇月中旬ころ、湯山タクシーの代表者としての権限を有していた。したがって、本件借用証書は、単に内容虚偽の文書に過ぎず、有印私文書偽造罪及び同行使罪にいう偽造には該当しない。

なお、高松高等裁判所が、昭和六二年三月一六日、出資持分権確認請求控訴事件について、控訴人であるB勝訴の判決を言い渡し、右判決が同年五月二二日に確定したことにより、Bが社員持分権を回復したことは、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、県警にも判明していた。

(2) 偽証教唆罪について

Bは、当初から貸金返還訴訟に証人として出廷し、本件借用証書が本物であると証言する意思を有しており、右事情は、Bが原告甲野と証言内容について話し合う前に、本件貸金訴訟の代理人であった薦田伸夫弁護士(以下「薦田弁護士」という。)や関係人であるD(以下「D」という。)から本件借用証書の真否について尋ねられた際、本件借用証書記載のとおりの借入れが実在する旨即答していることなどから明らかであり、このことは、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、県警にも判明していた。

(3) 詐欺未遂罪について

原告甲野及びBは、本件貸金訴訟を提起しても湯山タクシーから金員を取ろうとは思っておらず、本件貸金訴訟を提起した当時湯山タクシーの経営者であり、かつ、その経営権をBに返還しようとしないE(以下「E」という。)に対する嫌がらせの意図で起こしたものであり、このことは、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、県警にも判明していた。

(六) 逮捕の必要性の不存在

本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、原告甲野には、本件被疑事実について、次のとおり、逮捕の必要性がなかったのであり、本件逮捕状請求行為及び本件逮捕はいずれも違法である。

(1) 罪証隠滅のおそれについて

県警は、Bから、本件被疑事実の証拠となる虚偽の借用証書三通(本件借用証書)の提出を受け、また、Bは、詐欺の犯意を否認した以外は全面的に被疑事実を認める供述をしており、本件被疑事実中もともとあり得ない詐欺未遂罪を除く各事実は、法律解釈の誤りによりその成立を誤信していたとしても、これらの証拠によって十分立証が可能であると判断できる状況であり、さらに、Bは、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、湯山タクシーの経営権をめぐり、原告甲野と対立してたのであるから、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、原告甲野とBが通謀して本件被疑事実の罪証隠滅を図る危険性は皆無であった。

(2) 逃亡のおそれ

本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、原告甲野には妻子も持家もあり、また、原告甲野は、湯山タクシー取締役として同社の経営に当たり、一箇月当たり一〇〇万円の収入を得るなど経済的基盤を有し、さらに、Eに対して多額の損害賠償請求をする予定であったのであるから、原告甲野は、これらを放棄してまで逃亡するおそれは全くなかった。このことは、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、県警にも判明していた。

(七) 本件被疑事実立件の違法

本件被疑事実は、いずれも通常の注意義務にしたがって捜査すれば成立しないことが容易に判明した上、仮に成立すると判断しても、本件貸金訴訟の判決が言い渡された後二年余を経過していたこと、実害がなかったこと、本件被疑事実の実質的被害者は当時湯山タクシーを経営していたEとされているが、そもそも本件被疑事実は、実質的被害者とされているEがその経営権をBに返還すべきであったのに返還しないで、違法に経営利得を着服し続けていたことに起因していたから、被害者とされている者が実質は加害者であり、犯人とされている原告甲野らが実質は被害者であったこと、本件逮捕状請求時には、湯山タクシーの経営権はEから原告甲野及びBに移転しており、原告甲野が湯山タクシーを経営していた上、同社は有限会社で個人的色彩が濃厚であったから、湯山タクシーを相手とする本件貸金訴訟の提起は原告甲野が原告甲野自身の経営する湯山タクシーに金員支払請求をする、いわば同一人の右手と左手の喧嘩に等しく、これは刑事訴訟法二四八条の犯罪後の情況変更の典型に該当すること、Eも原告甲野の処罰を望んでおらず、警察官が原告甲野が本件殺人事件の犯人であるというので、その捜査に協力する目的で本件被疑事実の捜査に協力したに過ぎなかったこと、警察は一般に民事不介入を原則としていること等本件被疑事実は本来刑事事件として立件すべきでない事案であったのであり、本件被疑事実の立件そのものが違法である。

(八) 別件逮捕の基本条件欠如の違法

本件被疑事実による逮捕は、本件殺人事件を本件とするいわゆる別件逮捕であるところ、別件逮捕のため、逮捕状の請求が許されるのは、いわゆる本件事実について、逮捕状を請求できる資料はないものの、被疑者が本件事実を犯したと推認するに足りる十分にして合理的な嫌疑が存する場合に限定され、その嫌疑の存在が絶対不可欠の前提要件となることは人権尊重の憲法及び刑事法体系全体から見て当然のことであるが、本件殺人事件について、原告甲野が犯人であると疑うに足りる合理的な嫌疑は皆無であったばかりか、かえって犯人でないと認定すべき一見して明らかな事由が多数存したのであり、本件逮捕状請求行為及び本件逮捕はいずれも違法である。

(九) 逮捕状請求目的の違法

県警の警察官らは、本件被疑事実により原告甲野を逮捕した当日から、原告甲野の妻である甲野花子(以下「花子」という。)に対し、原告甲野を本件殺人事件で逮捕したとまで虚言を弄して原告甲野の本件殺人事件犯行の証拠を提出するよう強要し、また、原告甲野の弟、義妹、実父等の近親者や知人、湯山タクシーの関係者らに対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨公言した上、専ら原告甲野らの本件殺人事件発生当時の行動や、本件殺人事件に関連する事実についての事情聴取を行っており、かかる原告甲野をはじめ関係者に対する捜査状況に照らし、本件被疑事実についての捜査に当たって、原告甲野の身柄拘束は全く不必要であり、原告甲野に対する本件逮捕状の請求は本件殺人事件の捜査のためのみに原告甲野の身柄を拘束する目的で行われたものであり、違法である。

(一〇) 虚偽内容記載の疎明資料による逮捕状請求

松山東署所属司法警察員巡査部長F(以下「F」という。)は、本件逮捕状の請求に当たっての疎明資料として、昭和六三年一二月一七日付け捜査報告書(以下「F報告書」という。)を作成したが、Fは、F報告書に、原告甲野の罪証隠滅及び逃亡のおそれについて、次のとおり虚偽の内容を記載したのであり、Fの右行為は違法である。

(1) 罪証隠滅のおそれについて

Fは、原告甲野には罪証隠滅のおそれがないことを認識していたし、証拠品については犯罪立証の証拠として不必要であったり、処分できないものであったにもかかわらず、原告甲野の罪証隠滅のおそれに関して、F報告書に、「架空の金銭借用書を作成したワープロや未使用の用紙、判決文その他の訴訟記録などの証拠品を処分したり、被疑者双方(判決注・原告甲野及びBを指す。)間あるいは関係者に対する通諜、証拠いん滅等の行為に出ることも予想される」と記載した。

(2) 逃亡のおそれについて

Fは、原告甲野の逃亡のおそれに関して、F報告書に、「現在、夫婦仲も険悪で家庭的にも不安定な状態である。又、被疑者が取締役を勤める湯山タクシー有限会社の出資持分権は差押え処分を受けて経済的にも追いつめられた状況にあり、これらの境遇からして警察の本件捜査を知れば逃走を図る疑い充分と認められる。」と記載したが、たとえ夫婦仲が悪くともそれ自体では逃亡のおそれを基礎づける理由にはならないうえ、被告丙山に差し押えられていた湯山タクシーの出資持分権については、被告丙山と原告甲野との間で売買予約が成立していたほか、Eに対し約一億円の不当利得返還請求訴訟を提起する予定であり、かつ、原告甲野は本件殺人事件の容疑をかけられていることを知っても逃走しようとしないで取調べを要求するなどしていたのであり、県警も、被告丙山の事情聴取等により右事情を了知し、原告甲野に逃走のおそれがあるとは判断していなかった。

(一一) 逮捕方法の違法

県警の警察官は、原告甲野宅から湯山タクシーの事務所まで出勤するため車を運転中の原告甲野に対し、ことさら、多数の報道関係者がいる公道上で、突然、逮捕する旨申し向け、原告甲野が逮捕理由を尋ねても、逮捕状を示すことなく、逮捕事実の説明もないまま、ただ、松山東署へ行けば分かるとのみ告知し、原告甲野を自車から下車させて警察車両に乗せ、後部座席の警察官二名の間に座らせて事実上身柄を拘束して逮捕し、松山東署に到着して初めて逮捕事実を知らせたものであり、本件逮捕は、刑事訴訟法二〇一条及び犯罪捜査規範九条、一二六条に反する態様で行なわれたものであり、違法である。

(一二) 取調べの違法

(1) 原告甲野に対する違法な取調べ

ア 身柄拘束中の原告甲野に対する取調べは、前記のとおり、違法な逮捕状請求行為に基づく取調べである以上、取調べも違法というべきである。

イ 県警の警察官は、昭和六三年一二月一九日から同月二五日までは本件被疑事実に関する取調べを行い、同月二六日から原告甲野が釈放された同月三一日までは本件殺人事件の取調べだけを行なった。そして、県警の警察官らは、昭和六三年一二月二六日には、午後一二時過ぎまで原告甲野のポリグラフ検査を行い、同月二七日及び同月二八日の松山刑務所移監までの間は、松山東署の取調室において、松山刑務所移監後は同所において、G某、H某らの警察官三名が本件殺人事件に関する取調べを行なったが、その際、右警察官らは、原告甲野を頭から本件殺人事件の犯人と決め付け、「お前が犯人でなかったら他に誰がいるか。お前しかおらん。お前は犬畜生だ、人間の心に返って正直に吐け。」などの暴言を浴びせて本件殺人事件の犯人であるとの自白を強要し続け、特に松山東署における取調べの際は、机を叩いたり椅子を蹴ったりする等の間接的暴行を繰り返した。

(2) また、県警の警察官らは、原告甲野の近親者等から事情聴取を行うに際し、次のとおり、原告甲野を本件殺人事件で逮捕したとか、原告甲野が本件殺人事件の犯人であると公言し、刑事訴訟法一九六条及び捜査規範九条等の規定に著しく違反して原告甲野の名誉を毀損したほか、これら参考人を脅迫(捜査規範一六五条違反)したり、原告甲野が本件殺人事件の犯人であることを裏付けるような虚偽事実の供述を強要した一見して明白な違法行為を行った。

ア 花子に対する違法な取調べについて

昭和六三年一二月一九日朝、県警の警察官四名が多数の報道関係者を帯同して原告甲野の和歌山の自宅に赴き、原告甲野の妻花子に対し、来客の銀行員二名の面前で、原告甲野を殺人事件の犯人として逮捕した旨の虚偽事実を申し向けて和歌山東警察署(以下「和歌山東署」という。)への出頭を求め、同署へ向かう車中で、「甲野のやったことはIと同じだ。間違いなく死刑になる。」などと脅迫したほか、同日及び翌日の二日間にわたり花子から事情聴取し、その際、花子に対し、机を叩きながら「残りのダイナマイトの隠し場所を知らんか。」「あんたにも良心がないのか。」などと虚偽事実の供述を強要した。

イ Jに対する違法な取調べについて

県警の警察官らは、原告甲野の弟で、湯山タクシーに運転手として勤務していたJに対し、原告甲野甲野を逮捕した当日朝から数日にわたり事情聴取し、本件殺人事件当日のアリバイを尋ねるとともに、同人が記憶を失って答えられないと、「やっているから言えんのじゃろうが」「殺人事件を原告甲野と一緒に犯したのは間違いないことだから素直に自白せよ。」などと本件殺人事件の犯人である旨の自供を強要したほか、同人が犯行を否定するとK刑事が「警察やE相手にお前らよう喧嘩するのう。」「○○組(暴力団)にお前ら命狙われているぞ。」「何かで必ず引っ張ってやるから。」などと言って脅迫した。

ウ Lに対する取調べについて

県警の警察官らは、Jの妻Lに対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨告知し、これにJも加功していることを前提に事情聴取し、その際、「本件殺人事件当日、原告甲野所有の車を被告丙山宅付近で見た者がいる。」などの嘘を言い、原告甲野の犯行を認める等の原告甲野に不利な虚偽の供述をさせようとした。

エ Mに対する取調べについて

県警の警察官らは、本件逮捕前、原告甲野の実父Mに対し、「本件殺人事件について心当たりがないか。」「原告甲野がヤクザと交際がないか。」などと言って尋問したほか、本件逮捕後、松山東署に出頭した同人に対し、「Eには○○組がついている。○○組には鉄砲玉がいくらでもいる。」などの言辞を用いて脅迫した。

オ N(以下「N」という。)に対する取調べについて

県警の警察官らは、原告甲野と交際があったNに対し、同女が昭和六三年一一月二九日以来流産による出血多量等のため入院中であり、同年一二月一八日まで点滴注射を受けていたほどの病状であったにもかかわらず、原告甲野を逮捕した当日、警察への出頭を求め、数日にわたり原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨告知し、ポリクラフ検査をしたり、自動車に乗せてダイナマイトが盗取された火薬倉庫付近を走行したりして、同女の反応を伺ったり、本件殺人事件に関する取調べを行った。

カ その他の関係人に対する取調べについて

県警の警察官らは、湯山タクシー無線係O(以下「O」という。)、同社運転手約二〇名並びに和歌山市内在住の木下時計店店長P(以下「P」という。)、木村衣料品店店員Q(以下「Q」という。)及び有限会社○○○経営者R(以下「R」という。)に対し、「原告甲野が本件殺人事件の犯人に問違いない。」などと公言して取調べを行い、Bに対しても、原告甲野と一緒に本件殺人事件を起こしたのではないかと質問した。

(一三) 報道機関等に対する公表の際の違法

(1) 県警は、本件殺人事件発生直後から、各報道機関に対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨の情報を積極的に提供し、これを信じた各報道機関が、原告甲野を犯人と見て行動し、実際これに怒った原告甲野が報道関係者とたびたびトラブルを起こしていたことを知っていたのであるから、原告甲野を本件被疑事実で逮捕した場合においても、各報道機関が本件殺人事件と原告甲野を関連付け、県警が原告甲野を本件殺人事件の重要容疑者として別件で逮捕した旨の報道をすることは十分予測しており、また予測できる状況にあった。したがって、県警は、原告甲野を本件被疑事実で逮捕するとしても、極秘裡に逮捕して報道機関に逮捕を報道されないよう配慮すべき注意義務を負っており、また、報道機関に本件逮捕を察知された場合でも、特に原告甲野の逮捕報道を自粛するよう要請したり、原告甲野の本件殺人事件に関する嫌疑をはっきり否定する等して、原告甲野の名誉を侵害しないよう特別の配慮をなすべき注意義務を負っていた。しかるに、県警は、これを怠り、ことさら多数の報道関係者のいる公道上で原告甲野の身柄を拘束して逮捕したことを事実上公表した上、逮捕当日、漫然と記者会見を行い、各報道機関に対し、原告甲野を有印私文書偽造等の本件被疑事実で逮捕した旨発表し(なお、警察官の右逮捕時の措置は、刑事訴訟法一九六条及び捜査規範九条等に違反する明白な違法行為である。)、また、その際、原告甲野と本件殺人事件の関連について記者にレクチャーした上、原告甲野の写真まで配付し、報道機関に、県警が本件殺人事件に原告甲野が関与している確実な証拠をもっていて別件で逮捕したものと誤信させた。

(2) その結果、被告各新聞社が、原告甲野は本件殺人事件等の犯人であり、その容疑のため本件被疑事実で別件逮捕されたものであると理解される内容の記事を、原告甲野の住所、職業、会社の所在地、名称等について実名を挙げて報道したほか、その他の各新聞やテレビなども、原告甲野の実名は伏せたものの、本件殺人事件の容疑のため本件被疑事実で別件逮捕されたという内容の報道を大々的に行った。

3 被告国に対する請求

(一) 検察官の警察官に対する指揮、指導の違法

(1) 検察官は、本件被疑事実による原告甲野の逮捕前に、警察官から本件殺人事件及びその捜査のための別件として捜査する本件被疑事実に関する事件についての詳細な報告を受け、事実上捜査に着手し、原告甲野を本件殺人事件の被疑者と疑うに足りる合理的根拠や証拠がないことを知っていたのであるから、刑事訴訟法一九三条三項及び実務の慣行に基づき、いかなる名目の逮捕であっても違法な別件逮捕でありこれを中止させるべき義務を負っていた。

(2) また、本件被疑事実についても犯罪は成立せず、仮に成立するとしても起訴を不相当とする事案であるから、検察官は、本件被疑事実の立件及び逮捕はこれを承認せず、中止させるべき義務を負っていた。

(3) しかるに、検察官は、右各義務を怠り、本件被疑事実による原告甲野の逮捕を許容した。

(二) 勾留請求の違法

(1) 原告甲野を本件殺人事件の容疑者とするに足りる根拠や証拠がないことによる違法

前記のとおり、本件逮捕は違法である上、原告甲野を本件殺人事件の被疑者と疑うに足りる合理的根拠や証拠はなかったのであるから、検察官は、原告甲野の勾留請求をしてはならなかった。しかるに、検察官は、原告甲野の勾留請求をした。

(2) 本件被疑事実についての勾留の理由及び必要性がないことによる違法

前記のとおり、本件被疑事実について犯罪は成立しない等勾留の理由及び必要性は存しなかったのであるから、検察官は、原告甲野の勾留請求をしてはならなかった。しかるに、検察官は、原告甲野の勾留請求をした。

(三) 取調べの違法

検察官は、次のとおり、原告甲野及びBに対し、真実に反する供述を押しつけ、各供述調書を作成したものであり、右供述調書作成に関する検察官の取調べは違法である。

(1) 原告甲野の平成元年一月一一日付け検察官面前調書(甲第七一号証)に関する取調べの違法

右調書のうち、「Bに頼んで証人になってもらった」「嘘の証言をしてもらった」旨の供述部分、裁判所書記官の話をBから聞いた時期及び本件被疑事実犯行の動機についての供述部分、Bが湯山タクシーの社員持分権譲渡に関する昭和五七年二月二七日付け契約書(甲第六号証・以下「持分権譲渡契約書」という。)があるから本件借用証書を作っても無駄であるとは言わなかったとの供述部分並びに持分権譲渡契約書と本件借用証書との法律関係についての供述部分は、いずれも検察官の押しつけにより作成された部分であり、右供述部分に関する検察官の取調べは違法である。

(2) 原告甲野の平成元年一月一二日付け検察官面前調書(甲第七二号証)に関する取調べの違法

控訴費用及び控訴審での勝訴の見込みについての供述部分、薦田弁護士に対する控訴の依頼に関するBの関与についての供述部分、本件借用証書の効力に関する原告甲野の認識についての供述部分、Bが本件貸金訴訟の提起を知った時期についての供述部分並びに原告甲野がBにEらから金をとる旨告知した点についての供述部分は、いずれも検察官の押しつけにより作成された部分であり、右供述部分に関する検察官の取調べは違法である。

(3) 原告甲野の平成元年一月一二日付け検察官面前調書(甲第七三号証)に関する取調べの違法

本件貸金訴訟に関して原告甲野が薦田弁護士と会った回数及び時期等についての供述部分、偽証指示についての供述部分並びにBの証言当日の打合わせについての供述部分は、いずれも検察官の押しつけにより作成された部分であり、右供述部分に関する検察官の取調べは違法である。

(4) 原告甲野の昭和六三年一二月二〇日付け検察官作成の弁解録取書(甲第一一〇号証)に関する取調べの違法

本件被疑事実を全面的に認めた供述部分があるが、これは検察官の押しつけにより作成された部分であり、右供述部分に関する検察官の取調べは違法である。

(5) Bの平成元年一月一三日付け検察官面前調書(甲第八三号証)に関する取調べの違法

裁判所書記官から勝つとは限らないと言われたことを原告甲野に話した時期についての供述部分、原告甲野の金員詐取の犯意を知っていたとする点についての供述部分、原告甲野がBに金員詐取を告げたとする点についての供述部分、Bに金員詐取の犯意があったとする点についての供述部分、原告甲野から偽証教唆を頼まれたとする点についての供述部分、Bが偽証を決意した点についての供述部分及び裁判所での証言を決意した点についての供述部分は、いずれも検察官の押しつけにより作成された部分であり、右供述部分に関する検察官の取調べは違法である。

(四) 本件公訴提起の違法

(1) 検察官は、本件被疑事実について、通常の捜査を行えばいずれも犯罪が成立しないことが容易に判明したにもかかわらず、原告甲野やBに虚偽の供述を押しつけ、その旨の調書を作成するなどして、本件被疑事実について犯罪が成立するとして公訴を提起したものであり、本件公訴提起は違法である。

(2) 仮に本件被疑事実につきいずれも犯罪が成立するとしても、違法性の程度は極めて低く可罰性が認められず、また、可罰性が認められるとしても、起訴猶予処分にするべき事案であったにもかかわらず、検察官は、本件逮捕勾留を違法な別件捜査との非難を免れるために本件公訴提起に及んだものであり、本件公訴提起は違法である。

4 被告株式会社毎日新聞社(以下「被告毎日新聞」という。)に対する請求

(一) 被告毎日新聞は、その発行に係る日刊紙「毎日新聞」昭和六三年一二月一九日付け夕刊に、本件被疑事件について、次の(1)から(4)までを含む記事(以下「本件記事(一)」という。)を掲載し、頒布した。

(1) 「別件で2人を逮捕」の大見出し(以下「本件記事(一)記載部分(1)」という。)

(2) 「詐欺トラブルのタクシー社長ら紙箱爆弾関連追及」の小見出し(以下「本件記事(一)記載部分(2)」という。)

(3) 「松山市<番地略>、タクシー会社「四国交通」社長、丙山一郎さん(五二)方で十月二十五日夜、紙箱に入ったダイナマイトが爆発、めいのAさん(一九)=松山商科大一年=が死亡するなど五人死傷事件の捜査本部のある愛媛県警松山東署は十九日、丙山さんと松山市内のタクシー会社の経営権をめぐってトラブルがあった和歌山市<番地略>、タクシー会社「湯山タクシー」=松山市<番地略>=社長、甲野太郎(四七)と松山市下伊台町、同タクシー監査役、B(六〇)を有印私文書偽造、同行使、偽証、詐欺未遂などの容疑で逮捕した。捜査本部は爆殺事件との関連を追及する。」との本文記述部分(以下「本件記事(一)記載部分(3)」という。)

(4) 「捜査本部は丙山さんが湯山タクシーの買収を図り、このための資金をめぐって甲野とのトラブルがあったのではないかとみている。」との本文記述部分(以下「本件記事(一)記載部分(4)」という。)

(二) 本件(一)記事のうち、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までは、捜査本部が、原告甲野と本件殺人事件との関連について捜査するために、原告甲野を別件で逮捕したかのように強烈に印象付け、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるかのように思わせる記事であるから、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までは、原告の名誉及び信用を毀損する記事である。

5 被告株式会社産業経済新聞社(以下「被告産経新聞」という。)に対する請求

(一) 被告産経は、その発行に係る日刊紙「産経新聞」昭和六三年一二月一九日付け夕刊に、本件被疑事件について、次の(1)から(4)までを含む記事(以下「本件記事(二)」という。)を掲載し、頒布した。

(1) 「紙箱爆弾事件の被害者に多額借金」の大見出し(以下「本件記事(二)記載部分(1)」という。)

(2) 「タクシー会社社長ら2人逮捕」の中見出し(以下「本件記事(二)記載部分(2)」という。)

(3) 「今年十月二十五日、愛媛県松山市<番地略>、タクシー会社「四国交通」社長、丙山一郎さん(五二)方で、ダイナマイトを詰めた紙箱爆弾が爆発、めいの松山商科大学一回生、Aさん(一九)ら五人が死傷した事件の被害者、丙山さんから約四千万円の借金をしていたタクシー会社社長、甲野太郎(四七)=和歌山市<番地略>=ら二人が十九日、愛媛県警に有印私文書偽造などの疑いで逮捕された。甲野のタクシー会社は松山市にあり、丙山さんの会社への買収問題も持ち上がっていたという。」とのリード部分(以下「本件記事(二)記載部分(3)」という。)

(4) 「愛媛県警のこれまでの調べでは、甲野はその後、昨年十一月ごろ、丙山さんから計約四千万円の借金をして湯山タクシーを買い取った。しかし、期限の今年七月になっても借金の返済ができていない。返済できない場合は経営権を丙山さんに譲渡するなどの約束もあったらしく、トラブルになっていた。」との本文記述部分(以下「本件記事(二)記載部分(4)」という。)

(二) 本件記事(二)のうち、本件記事(二)記載部分(1)から(4)までは、捜査本部が、原告甲野と本件殺人事件との関連について捜査するために、原告甲野を別件で逮捕したかのように強烈に印象付け、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるかのように思わせる記事であるから、本件記事(二)記載部分(1)から(4)までは、原告の名誉及び信用を毀損する記事である。

6 被告株式会社大阪新聞社(以下「被告大阪新聞」という。)に対する請求

(一) 被告大阪新聞は、その発行に係る夕刊紙「大阪新聞」昭和六三年一二月二〇日夕刊(同月一九日発行)に、本件被疑事件について、次の(1)から(5)までを含む記事(以下「本件(三)記事」という。)を掲載し、頒布した。

(1) 「借金4千万吹っ飛ばす」「同業社長を逮捕」の大見出し(以下「本件記事(三)記載部分(1)」という。)

(2) 「タクシー会社経営権でトラブル」「松山の宅配爆弾」「恨みの犠牲女子大生」の中見出し(以下「本件記事(三)記載部分(2)」という。)

(3) 「松山市<番地略>、タクシー会社「四国交通」社長、丙山一郎さん(五二)宅で十月二十五日、ダイナマイトを仕込んだ宅配爆弾が爆発してメイの松山商科大一年、Aさん(一九)ら五人が死傷した事件で、愛媛県警松山東署捜査本部は十九日午前、同市内のタクシー会社「湯山タクシー」社長、甲野太郎(四七)=和歌山市<番地略>=ら二人を別件の有印私文書偽造容疑などで逮捕した。甲野は丙山さんに約四千万円に上る借金があるうえ会社の買収をめぐってのトラブルも起こしていた。捜査本部では恨みと借金の両方を一挙に吹き飛ばすことを狙った一石二鳥の犯行と見ている。」とのリード部分(以下「本件記事(三)記載部分(3)」という。)

(4) 「捜査本部の聞き込みで、宅配爆弾が置かれた当日の午後五時ごろ、甲野の乗用車に似た車が現場付近で目撃されているほか、運転席にいたのも甲野に似ていた、との情報をキャッチ、アリバイがハッキリしないなどの不審点があるため甲野を重要参考人として改めて事情を聴いていた。」との本文記述部分(以下「本件記事(三)記載部分(4)」という。)

(5) 「捜査本部では、宅配爆弾は午後四時から五時までの約一時間に贈り物に見せかけてボンネットの上に置かれていた―とみて付近の聞き込みをするとともに丙山さんの交友関係者や退職者など百人以上からこれまでに事情聴取、甲野の容疑が明らかになった。」との本文記述部分(以下「本件記事(三)記載部分(5)」という。)

(二) 本件(三)記事のうち、本件記事(三)記載部分(1)から(5)までは、事情を知らない一般読者をして、原告甲野が本件殺人事件の犯人に間違いないと確信させるのに十分な記事であり、本件記事(三)記載部分(1)から(5)までは、原告の名誉及び信用を毀損する記事である。

7 被告丙山に対する請求

(一) 警察官に対する供述の違法

被告丙山は、本件殺人事件当時、Cが本件紙箱爆弾製作に必要な電気知識が豊富で、かつ、手先が器用であるなど犯行能力があり、かつて解雇を恨んで被告丙山方に脅迫電話を架けてきたことがあるほか、家庭不和や手元不如意のため前途を悲観していたこと等を了知し、Cが本件殺人事件の犯人である可能性が高いことを知っていたし、知り得る立場にあったのに対し、原告が被告丙山を恨んで殺害を企てる動機はなく、犯行方法などからも被告丙山個人を特に目標にしたものでもないことが判断できるから、原告甲野が犯人でないことも容易に推認し得たのであるから、警察に正確な情報を提供するなどして真犯人割出に協力すべきであって、警察をして原告甲野を犯人と誤信させるような言動は厳に慎むべきであるのに、原告甲野が被告丙山に対する借金の支払を怠り、湯山タクシーの社員持分権の売却予約も守ろうとしないことに立腹し、警察官に対し、ことさら本件殺人事件の犯人が原告甲野以外に考えられない旨を強調し、警察官をしてその旨誤信させ、原告甲野の別件逮捕に踏み切らせる過ちに至らしめた。

(二) 強制執行の違法

(1)ア 昭和六三年一一月当時、原告甲野は、被告丙山に対し、昭和六二年第二三一二号金銭消費貸借公正証書(以下「本件公正証書」という。)に基づく三八〇○万円の債務等を負担していたところ、被告丙山は、同月一四日、右公正証書を債務名義として、原告甲野が所有する湯山タクシーの社員持分権全部(三〇〇〇口)の差押命令を和歌山地方裁判所に申請し(昭和六三年(ル)第二〇七号事件)、同裁判所は、同月一八日、右差押命令を発し、右命令正本はそのころ湯山タクシー及び原告甲野に送達された。

イ 原告甲野が、右差押命令正本の送達を受けた後の同年一一月中旬ころ、入院中の被告丙山を見舞いに訪れた際、被告丙山に対し、右強制執行をするなら湯山タクシーを他に売却して右債務を返済する旨申し出たところ、被告丙山は、真実は右強制執行の申立てを取り下げるつもりはなく、これを続行するつもりであるのにもかかわらず、これを秘し、原告甲野に対し、「差押えは取り下げる。本件殺人事件には湯山タクシーが絡んでいると思うから、その犯人が分かるまでは差押えを取り下げて様子を見る。」旨申し向けた。

ウ 原告甲野は、被告丙山の言葉を信じて、右強制執行の申立ては被告丙山により取り下げられ、本件殺人事件が解決するまでは自己の湯山タクシーの社員持分権を失うことはないと安心し、右強制執行の請求債権の返済や、その返済資金調達の措置を取らなかったところ、被告丙山は、右強制執行の申立てを取り下げず、反対に、昭和六三年一一月二八日付けで、和歌山地方裁判所に対し、差押債権の譲渡命令を申し立て、平成元年二月ころには、右譲渡命令がいつ発せらてもおかしくない状況となった。

エ 原告甲野は、被告丙山が右イ記載の虚言を弄せず、また、本件殺人事件を本件として本件被疑事実を別件とする事件で身柄を拘束されたり、被告新聞社ら多数のマスコミによって本件殺人事件の犯人であるかのように報道されたりしなければ、右強制執行の債務名義となっていた三八〇〇万円の債務の支払資金を低利で調達でき、右債務を支払い、強制執行を免れることができたにもかかわらず、右社員持分権の譲渡命令が発せられ、安い価格で右社員持分権が被告丙山のものとなるかも知れない緊迫した情勢となったため、右強制執行を防ぐため、原告甲野は、やむなく、平成元年二月二二日、Bとの間で、三八〇〇万円をBが低利で調達して右債務を代位弁済したときは、湯山タクシーの経営権をBに移すことなどを内容とする契約を締結し、その後、Bは、三八〇○万円を調達し、同月二三日、原告甲野の右債務を弁済したため、原告甲野は、右契約により湯山タクシーの経営権を喪失した。

(2) 以上のとおり、被告丙山は、原告甲野に対する強制執行の申立てを取り下げる意思がないのに、右申立てを取り下げる旨虚言を弄し、原告甲野を欺罔して被告丙山に対する右債務を支払う機会を逸しさせた上、原告甲野が被告ら全員の行為により信用を失っているのに乗じ、右強制執行を継続して右社員持分権を取得しようとしたため、原告甲野は、湯山タクシーの経営権を失わざるを得なくなったものであり、被告丙山の右行為は、不法行為を構成する。

8 共同不法行為(各被告らの行為の客観的関連性)

被告丙山は、前記7(一)記載のとおり、県警の警察官に対し、私怨及び私欲に基づき、正当な捜査協力の限度をはるかに超えて原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨を強く申し立て、警察官及び検察官をしてその旨誤解させて原告甲野不当逮捕等の原因をつくるとともに、原告甲野の有する湯山タクシーの社員持分権を強制執行により安価に取得しよう企図しながら、右強制執行の申立ては取り下げる旨虚言を弄し、原告甲野が右強制執行を免れるための資金を調達する機会を逸させ、これによって原告甲野に同社の経営権を失わせしめ、被告国及び被告愛媛県の被用者であり、所属の公権力の行使に当たる検察官又は警察官は、被告丙山の強力な右申立てもあって、前記2及び3記載のとおりの違法な捜査をするとともに、被告各新聞社をはじめ、全国の報道機関を利用して、あたかも原告甲野が本件殺人事件の犯人であり、とりあえず有印私文書偽造等の別件で逮捕したものであるかのように報道させ、被告各新聞社の被用者である記者らは、県警の作戦を洞察できず、その誘導にかかって、あたかも原告甲野が本件殺人事件の容疑で別件で逮捕されたものであるかのごとき認識を読者に与える記事原稿をそれぞれの被告各新聞社に送り、被告各新聞社は、これを盲信し、本件記事(一)から(三)までを掲載した各新聞を頒布したものであり、結局、被告ら全員の行為が関連して、原告甲野の名誉及び信用を害し、原告甲野に財産上及び精神上の損害を与えたものである。

9 損書

(一) 精神的損害

被告らの各行為により、原告甲野は精神的苦痛を被り、その損害は五〇〇万円を下らない。

(二) 財産的損害

(1) 湯山タクシーの売上げは毎月おおむね同額で、役員報酬を除き毎月約二〇〇万円の利益があるところ、原告甲野は、逮捕される数箇月前ころから月額一〇〇万円の報酬を受けていたにもかかわらず、前記のとおりの経緯で湯山タクシーの経営権をBに引き渡さざるを得なくなり、右報酬を受けられなくなった。右報酬は、被告らの共同不法行為により原告がBに湯山タクシーの経営権を引き渡した平成元年三月二八日の後である同年四月一日からBがS(以下「S」という。)に湯山タクシーの営業権を一億円で譲渡した平成三年九月一八日まで継続して得られるはずであったから、その損害は二〇〇〇万円を下らない。

(2) また、原告が失った湯山タクシーの営業権は、BのSに対する譲渡代金からも分かるとおり、一億円の価値があったのであるから、これを失った損害は五〇〇〇万円を下らない。

(3) なお、財産的損害としては、五〇〇〇万円の範囲で請求する。

(三) 弁護士費用

原告甲野は、本件訴訟の提起追行を本訴訴訟代理人弁護士らに委任し、着手金及び報酬として一〇〇万円を支払うことを約した。

10 よって、原告甲野は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権(被告国及び被告愛媛県については、国家賠償法一条一項による損害賠償請求権)に基づき、連帯して五六〇〇万円(ただし、請求の趣旨の拡張もないし、印紙の追ちょうもないので、二一〇〇万円の限度での請求と解する。)及びこれに対する不法行為の日の後である平成元年四月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(原告乙川関係)

1 原告乙川は、大阪弁護士会所属の弁護士である。

2 警察官の原告乙川に対する弁護活動の妨害

(一)(1) 原告乙川は、昭和六三年一二月二〇日、松山東署で身柄拘束中の原告甲野に面会した後、同署のT知能犯係長(以下「T」という。)に対し、「Bが希望するならBの弁護もしてやろうと思うから、Bの意向を尋ねて貰いたい」旨の依頼をしたところ、Tは、暫時席をはずした後帰って来て、原告乙川に対し、Bは考えておきますと言って、弁護を依頼するとは言いませんという旨を述べた。

(2) ところが、Bの身柄釈放後、原告乙川がBに会った際、原告乙川がその話をすると、Bは、「夜取調べ室で取調べを受けていたときTが来て、先生(判決注・原告乙川を指す。)が、お前の弁護もしてやろうかと言っているが、どうするか、と尋ねるので、自分が、先生が来ているんだったら会わせてください、私も弁護をお願いしたい、と答えたところ、Tは、乙川先生は原告甲野の弁護人なので、お前の弁護人にはなれないから、会わすことはできんと言われたので先生に弁護をお願いしなかった」とのことであった。

(二) 以上のとおり、県警の警察官であるTは、虚言を弄して原告乙川がBの弁護人となる機会を奪うとともに、原告乙川がBと接見し、別件逮捕事実の内容、それまでの捜査状況等を知ることによって原告甲野及びBに対する有効適切な弁護をすることができないようにして、その業務の妨害をした。

3 損害

Tの右行為により、原告乙川は精神的苦痛を被り、その損害は九〇万円を下らない。

4 よって、原告乙川は、被告愛媛県に対し、国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、九〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(原告甲野関係)

1 被告愛媛県

(認否)

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2(一)の事実は認める。

(三) 同2(二)のうち、県警が、原告甲野を本件殺人事件発生後、本件殺人事件の容疑者の一人と判断していたとする点、本件殺人事件発生の翌日、警察官を原告甲野のところへ派遣したとする点は認め、本件殺人事件に関する事情聴取を全く行わなかったとする点は否認し、その余の主張は争う。

(四) 同2(三)の主張は争う。県警は、原告甲野に対し、昭和六三年一一月一六日、同月二一日及び同年一二月一二日に事情聴取を行っている。

(五) 同2(四)のうち、原告甲野が被告丙山に多額の負債を負い、その返済に窮していたとする点、警察官の事情聴取に対して被告丙山が犯人は甲野に違いない旨の供述をしていたとする点、報道関係者が原告甲野に対して取材行動をしたとする点、原告甲野が原告甲野の写真を撮影した報道関係者を県警に連れていったとする点及び原告甲野を本件殺人事件の容疑者の一人と判断していたとする点は認め、その余の主張は争う。

(六)(1) 同2(五)前文の主張は争う。

(2) 同2(五)(1)のうち、高松高等裁判所が、昭和六二年三月一六日、出資持分権確認請求控訴事件について、控訴人であるB側勝訴の判決を言い渡したとする点は認め、その余の主張は否認する。

(3) 同2(五)(2)及び(3)の主張は争う。

(七)(1) 同2(六)前文の主張は争う。

(2) 同2(六)(1)のうち、県警がBから本件借用証書の提出を受けたとする点及びBが詐欺の犯意を否認したとする点は認め、その余の主張は争う。

(3) 同2(六)(2)のうち、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、原告甲野に妻子も持家もあったとする点は認め、その余の主張は争う。

(八) 同2(七)のうち、本件貸金訴訟の判決が言い渡された後二年余が経過していたとする点、本件逮捕状請求時には湯山タクシーの経営権がEから原告甲野らに移転していたとする点、警察官がEから事情聴取したとする点及び警察は一般に民事不介入を原則としているとする点は認め、その余の主張は争う。

(九) 同2(八)の主張は争う。

(一〇) 同2(九)のうち、原告甲野の妻、弟、義妹、実父等の近親者等から原告甲野に関する事情聴取を行ったとする点は認め、その余の主張は争う。

(一一)(1) 同2(10)前文のうち、Fが本件逮捕状請求に当たっての疎明資料としてF報告書を作成したとする点は認め、その余の主張は争う。

(2) 同2(10)(1)のうち、F報告書の記載内容は認め、その余の主張は争う。

(3) 同2(10)(2)のうち、F報告書の記載内容、被告丙山と原告甲野との間で出資持分権について売買予約が成立していたとする点及び原告甲野自身がEに対して不当利得返還請求をする旨述べていたことは認め、その余の主張は争う。

(一二) 同2(11)の主張は争う。

県警の警察官は、原告甲野宅から車を運転中の原告甲野に対して、職務質問をした後、任意同行を求め、その承諾のもとに警察車両に乗せて松山東署まで同行し、松山東署到着後、直ちに同所において本件逮捕状を執行したものである。

(一三)(1)ア 同2(12)(1)アの主張は争う。

イ 同2(12)(1)イのうち、県警の警察官が昭和六三年一二月一九日から本件被疑事実に関する取調べを行なったとする点、昭和六三年一二月二六日に原告甲野のポリグラフ検査を行ったとする点並びに松山東署及び松山刑務所でG、Hらの警察官三名が本件殺人事件の取調べを行なったとする点は認め、その余の事実は否認する。

県警の警察官は、昭和六三年一二月一九日から同月二六日午前までは本件被疑事実につき原告甲野の取調べをし、同月午後から同月三一日までは本件被疑事実の関連事実のほか、本件殺人事件についても取り調べたものである。また、原告甲野のポリグラフ検査は、昭和六三年一二月二六日の午後二時三七分ころから午後四時三五分ころの間に行ったものであり、本件殺人事件の取調べは同日夕方から実施した。

(2)ア 同2(12)(2)前文のうち、県警の警察官らが原告甲野の近親者等から事情聴取を行ったとする点は認め、その余の主張は争う。

イ 同2(12)(2)アのうち、昭和六三年一二月一九日朝、県警の警察官四名が花子に対して和歌山東署への出頭を求め、二日間にわたり花子から事情聴取したとする点は認め、その余の事実は否認する。

聴取の内容は原告甲野の生活状況等である。

ウ 同2(12)(2)イのうち、県警の警察官らが、原告甲野の弟で、湯山タクシーに運転手として勤務していたJに対し、数日にわたり事情聴取したとする点は認め、その余の事実は否認する。

聴取の内容は原告甲野の生活状況等である。

エ 同2(12)(2)ウのうち、県警の警察官らがJの妻Lに対し、事情聴取したとする点は認め、その余の事実は否認する。

聴取の内容は原告甲野の生活状況等である。

オ 同2(12)(2)エのうち、県警の警察官らが本件逮捕前に原告甲野の実父Mに対し、事情聴取したとする点は認め、その余の事実は否認する。

聴取の内容は原告甲野の生活状況等である。

カ 同2(12)(2)オのうち、県警の警察官らが原告甲野と交際があった入院中のNに対し、警察への出頭を求めてポリクラフ検査をしたり事情聴取をしたとする点は認め、その余の事実は否認する。

キ 同2(12)(2)カのうち、県警の警察官らがO、同社運転手、P、Q及びRに対し、事情聴取したとする点は認め、その余の事実は否認する。

聴取の内容は原告甲野の生活状況等である。

(一四)(1) 同2(13)(1)のうち、原告甲野が報道関係者とトラブルを起こしていたとする点、県警が逮捕当日、記者会見を行い、各報道機関に対し、原告甲野を有印私文書偽造等の本件被疑事実で逮捕した旨発表したとする点は認め、その余の主張は争う。

(2) 同2(13)(2)のうち、原告甲野の逮捕について、被告各新聞社らが新聞報道したとする点は認める。

(一五) 同8及び9の主張は争う。

(主張)

(一) 本件殺人事件発生の翌日、警察官が湯山タクシーに赴いたのは、本件殺人事件の被害者である被告丙山と同業者である松山市内のすべてのタクシー業者から情報を入手するための一環であり、県警が原告甲野を本件殺人事件の容疑者の一人と考えるようになったのは、原告甲野から事情聴取したり、被告丙山から事情聴取した後のことである。

(二) 本件逮捕は、本件被疑事実に関する高松高等裁判所の刑事判決が指摘するとおり、逮捕の理由も逮捕の必要性も認められるものである。

(三) 原告甲野は、本件殺人事件の捜査に違法に利用するために本件被疑事実で原告甲野を逮捕した旨の主張をするが、本件被疑事実は湯山タクシーの買収に関連して発生した事件であるが、他方、原告甲野は、湯山タクシー乗っ取りの容疑でBから松山東署へ被害申告されていたほか、被告丙山との間に湯山タクシー買収をめぐる紛争があったことから、動機面において本件殺人事件の容疑性が認められ、これらの事件は湯山タクシーの経営をめぐって相互に関連していた。そのため、県警は、必要な範囲において本件殺人事件に関する原告甲野の取調べを行ったものであり、また、右取調べも、関連事件の取調べとして必要な範囲にとどまっており、本件逮捕及び取調べが専ら本件殺人事件について原告甲野を取り調べることを目的としてなされた違法なものということはできない。

(四) 県警の警察官は、原告甲野の関係者からの取調べに当たって、本件被疑事実について原告甲野の生活状況等の事情を聴取しているほか、本件殺人事件に関する事項の聴取もしているが、右のとおり、原告甲野には動機面において本件殺人事件の容疑性が認められたので、その必要性の範囲内において事情聴取したものにすぎず、県警の警察官が、原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるなどと公言したことはない。

(五) 県警は、誤った報道がなされるような発表は行っていない。通常、報道機関に対する発表は捜査本部を設置した場合においては捜査本部から発表し、その他の一般事件においては各警察署の副署長から発表しているところ、原告甲野らを被疑者とする本件被疑事実の発表は一般の刑事事件であるので松山東署副署長が発表したものであり、また、その際、捜査した上で得られた証拠に基づく事実のみを専ら公益を図る目的で発表したのであって、記者からの本件殺人事件との関係についての質問に対しては、本件殺人事件とは関係ない旨説明し、これを否定している。

2 被告国

(認否)

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同3、同8及び9の主張は争う。

(主張)

(一) 被疑者の勾留請求が違法であるというためには、勾留請求の時点において、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなく、又は被疑者について勾留の必要性がなかったにもかかわらず、捜査当局として事案の性質上当然なすべき捜査を著しく怠り又は収集された証拠についての判断・評価を著しく誤るなどの合理性を欠く重大な錯誤により、これを看過して勾留請求がなされた場合であることを要するというべきである。

そして、一般に、訴訟詐欺、偽証教唆という犯罪で逮捕・勾留され、起訴される事例が少ないのは、かかる犯罪につき捜査機関が認知する機会も乏しい上、起訴後の公判を維持するに十分な証拠収集が困難であるなどの事情によるものと考えられる。しかるに、本件事犯においては、偽造文書という客観的かつ物的な証拠が存在し、本件勾留請求の段階においても、一応立件可能と考えられるものであって、「罪を犯したと疑うに足りる相当の理由」が十分認められた。

また、原告甲野は、捜査段階の当初から詐欺の犯意を否認し、Eに対する嫌がらせの目的で本件一連の事犯を実行したなどと巧妙な弁解をし、共犯者であるBも原告甲野と通謀の上、これに沿う弁解をしていた状況であり、このような状況下において、原告甲野とBが通謀し、又は関係者に対して働きかけをするなど、原告甲野が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があり、さらに、原告甲野は、強姦罪等の前科を有していたのみならず、和歌山市内の住居とは別に松山市内にマンションを借り、情婦と目される女性を住まわせ同所に通うなど、定住性についても不安定である上、右事実が本妻に知れるところとなり、夫婦仲も険悪な状況にあったことがうかがわれるなど、原告甲野が「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」もあった。

以上のとおりであり、原告甲野の勾留請求をした検察官の行為に違法と評価すべき点は存しない。なお、原告甲野の勾留の理由及び必要性については、原告甲野の弁護人による勾留の取消請求及び勾留の裁判に対する準抗告の裁判に際し、裁判所も肯定している。

(二) 本件被疑事実の捜査に当たり、捜査官(警察官)は、原告甲野を逮捕勾留した直後から本件被疑事実一本に絞って原告甲野及び共犯者であるBの取調べを行うとともに、原告甲野釈放の当日まで多数の事件関係者の取調べ及びその調書化並びに各種裏付け捜査を実施していたものであり、逮捕勾留の直後から本件殺人事件について原告甲野の取調べを行っていた事実は存せず、また、逮捕勾留を通じて終始本件被疑事実を主眼とした捜査が行われており、原告甲野についての勾留期間の大部分を専ら本件殺人事件の取調べに充てていたという事実も存しない。したがって、本件逮捕勾留がことさら軽微な別件(本件被疑事実)を利用して本件殺人事件についての取調べを目的としてなされた違法な別件逮捕勾留ということはできず、原告甲野の主張はその前提を誤るものである。

また、本件被疑事実について犯罪は成立しており、本件被疑事実は民事裁判制度を悪用して一四〇〇万円もの多額の金員騙取を企図した一連の悪質な経済事犯であり、起訴猶予相当の軽微な事案ということはできず、この点においても原告甲野の主張はその前提を誤るものである。

(三) 原告甲野及びBの検察官調書については、本件被疑事実に関する刑事裁判において、信用性及び相反性、特信性を認められ、他の関係証拠と合わせ、原告甲野に対し、有罪の認定がなされ、右判決は確定しているものであり、原告甲野の主張は単に刑事手続における問題を蒸し返すだけのものにすぎず、失当である。

(四) 前記のとおり、本件被疑事実は起訴猶予相当の軽微な事案ということはできず、その法定刑から見ても十分な起訴価値を有する事案であって、実際、検察官において本件公訴提起したところ、松山地方裁判所は公訴事実どおりの犯罪事実を認定し、原告甲野の控訴、上告はいずれも退けられ、右判決は確定している。

なお、原告甲野らは、本件逮捕勾留を違法な別件捜査との非難を免れるために検察官が本件公訴提起に及んだ旨の主張をするも、右主張は本件被疑事実についての刑事判決において、いずれも排斥されている。

3 被告毎日新聞

(認否)

(一) 請求原因4(一)の事実は認める。

(二) 同4(二)の主張は争う。

(三) 同8及び9の主張は争う。

4 被告産経新聞

(認否)

(一) 請求原因5(一)の事実は認める。

(二) 同5(二)の主張は争う。

(三) 同8及び9の主張は争う。

(主張)

(一) 本件記事(二)は、原告甲野との関係において、原告甲野と関係のあった被告丙山らを被害者とする本件殺人事件についても報じていることから、一般の読者に、原告甲野の逮捕事実とは直接的な関係のない別の事件が報じられていることは事実である。しかし、本件記事(二)には、原告甲野が本件殺人事件の犯人であるとの記述は一切なく、また、重要参考人、別件逮捕などの記述によりそれを示唆するような表現も一切なされておらず、逮捕された容疑者の背景事情等との関連において、本件殺人事件の被害者との関係について触れ、本件殺人事件について説明しただけの記事であり、それ以上に、原告甲野が本件殺人事件の犯人であるとの印象を一般読者に与えるものではない

(二) 本件記事(二)は、本件被疑事実の容疑者として逮捕され、一つの公的存在となった原告甲野について、それまでに明らかとなった客観的事実に基づき報道機関としての当然の責務を果たしたものであって、かかる場合における名誉毀損行為の判断基準としては、被告産経新聞が、原告甲野は本件殺人事件の容疑者であるとの直接的具体的事実を、それが虚偽であることを知りながら掲載した場合を除き、仮に一部の読者によって本件被疑事実で逮捕された原告甲野が本件殺人事件と何らかの関わりがあるのではないかとの推認がなされたとしても、それは違法ではないというべきである。

5 被告大阪新聞

(認否)

(一) 請求原因6(一)の事実は認める。

(二) 同6(二)の主張は争う。

(三) 同8及び9の主張は争う。

(主張)

(一) 本件記事(三)は、客観的な事実を報道するものであり、一般読者は当該事実を認識するに止まり、全体として見ても、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の犯人であるが別件で逮捕されたと確定的に認識させるものではなく、また、仮に、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の犯人であるが別件で逮捕されたと確定的に認識させるものであったとしても、社会的に関心のある犯罪事実について、迅速に客観的事実を伝えることは報道機関の重要な使命であり、当該事実を読者がどう判断するかは原則として読者に委ねられているものであって、本件のような場合であっても、客観的事実を報道する報道機関の行為に違法と評価される点はないというべきである。

(二) 原告甲野は、本件被疑事実により逮捕される前から既に本件殺人事件の容疑がかけられていることが周囲の者に明らかとなっており、他方、被告大阪新聞は大阪近郊を中心に発行されるローカル紙であり、かつ、夕刊紙であって、発行部数等も全国紙等と比較すると格段に少ないのであって、本件記事(三)が掲載された「大阪新聞」が頒布されたことと原告甲野の名誉が毀損されたことの間には因果関係が存在しない。

6 被告丙山

(認否)

(一) 請求原因7(一)のうち、事実は否認し主張は争う。

(二)(1)ア 同7(二)(1)アの事実は認める。

イ 同7(二)(1)イの事実のうち、原告甲野が昭和六三年一一月中頃、入院中の被告丙山を見舞いに訪れたとする点は認め、その余の事実は否認する。

ウ 同7(二)(1)ウの事実のうち、被告丙山が強制執行申立てを取り下げず、昭和六三年一一月二八日付けで和歌山地方裁判所に対し、差押債権の譲渡命令を申し立てたとする点は認め、その余の事実は知らない。

エ 同7(二)(1)エの事実のうち、平成元年二月二三日、被告丙山が原告甲野の債務の弁済を受けたとする点は認め、被告丙山が請求原因7(二)(1)イ記載の虚言を弄したとする点は否認し、その余の事実は知らない。

(2) 同7(二)(2)の主張は争う。

(三) 同8及び9の主張は争う。

(主張)

(一) 本件殺人事件発生の翌日、被告丙山は、入院中にもかかわらず、警察官による事情聴取を受けたが、その際、本件殺人事件の犯人の心当たりを問われたところ、本件殺人事件が経営していた四国交通株式会社に以前勤務していたCが、四国交通を退職した後、三、四回程度、被告丙山に対して脅迫電話をかけてきたことがあったので、Cが一番怪しい旨答え、それ以外にも心当たりがないか問われたため、どうしても挙げろと言われれば、ということで、当時、被告丙山の娘が付き合っていた男性の名前を答えている。その後、被告丙山は、原告甲野が本件殺人事件の犯人かも知れないと考え、その旨警察官に供述したことはあるが、それは、警察からCも被告丙山の娘が付き合っていた男性も犯人ではなさそうだと説明を受けたこと、原告甲野は被告丙山との間で湯山タクシーの売買の合意をし、被告丙山が資金的にも多額の金を出しているにもかかわらず、本件殺人事件の前から連絡がつかず、本件殺人事件の発生後も病院への見舞いのみならず電話もないことから原告甲野が逃げているような感じであったこと、さらに、警察官から聞いた原告甲野が述べている湯山タクシーの持分権譲渡の話に、事実と異なる点が多くあったこと、これらの事情から原告甲野が本件殺人事件の犯人かも知れないと思い、警察官に述べたのであって、当時、被告丙山の置かれた状況から見て、警察に対する情報提供として特に異常なものではなく、何ら違法ということはできない。

(二) 原告甲野は昭和六三年一一月二一日及び同月二五日に見舞いに訪れたが、その際、原告甲野が被告丙山に対して借入金の返済を申し出たことはなく、また、被告丙山が原告甲野に対し、本件殺人事件の犯人が分かるまで差押えを取り下げる旨申し向けたこともない。

(原告乙川関係・被告愛媛県)

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二)(1) 同2(一)(1)の事実のうち、原告乙川が、昭和六三年一二月二〇日、松山東署で身柄拘束中の原告甲野に面会したとする点は認め、その余の事実は否認する。

同日、Tが、原告乙川から、Bの弁護に関する依頼を受けたことはない。

(2) 同2(一)(2)の事実のうち、Bが原告乙川に語ったとする内容は否認し、その余の事実は知らない。

(三) 同2(二)の主張は争う。

(四) 同3の主張は争う。

三  抗弁

1  被告毎日新聞

(一) 本件記事(一)は、殺人に関するものであり、あるいは有印私文書偽造等に関するものであるから、公共の利害に関する事実であり、また、被告毎日新聞の記者は、新聞の使命として本件記事(一)を執筆したのであって、公益を図る目的を有していた。

(二)(1) そして、本件記事(一)は、原告甲野が本件被疑事実で逮捕されたこと及び松山東署が詐欺トラブルのタクシー社長らの「紙箱爆弾」関連を追及することを報じたものであるところ、原告甲野が本件被疑事実で逮捕された事実及び「紙箱爆弾」関連の追及を受けたことは真実であり、また、警察発表を根拠として毎日新聞の記者は本件記事(一)を執筆したものであり、被告毎日新聞が独自に調査等を行っても警察発表以上の事実の確認は不可能であって、さらに、新聞の迅速性からしても、被告毎日新聞の記者が本件記事(一)記載部分(1)から(4)までの記載内容が真実であると信じるにつき、相当の理由があった。

2  被告産経新聞

(一) 本件記事(二)は、有印私文書偽造等で逮捕されたという犯罪行為に関する事実の報道であるから、公共の利害に関する事実であり、また、被告産経新聞の記者は、社会に生起する日々の事象を報道して国民の知る権利に奉仕する社会的責務を有するものとして本件記事(二)を執筆したのであって、公益を図る目的を有していた。

(二) 本件記事(二)記載部分(1)から(4)までは、単に原告甲野の逮捕容疑について記載した上で、原告甲野と本件殺人事件の被害者の関連性を記載するに止まるものであり、いずれも真実である。また、被告産経新聞の記者が本件記事(二)記載部分(1)から(4)までの記載内容が真実であると信じるにつき、相当の理由があった。

3  被告大阪新聞

(一) 本件記事(三)は、原告甲野の犯罪行為に関するものであるから、公共の利害に関する事実であり、また、被告大阪新聞の記者は、真実を報道して国民の知る権利に資する目的をもって本件記事(三)を執筆したのであって、公益を図る目的を有していた。

(二) 本件記事(三)に記載された内容は、いずれも客観的事実に基づくものであるから真実であり、また、仮に真実でないとしても、捜査本部等捜査機関からの情報をもとに作成されたものであるから、被告大阪新聞の記者が本件記事(三)記載部分(1)から(5)までの記載内容が真実であると信じるにつき、相当の理由があった。

四  抗弁事実に対する認否

抗弁事実はいずれも否認する。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  前提となる事実

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(<略>)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。

1  原告甲野とBの再会及び湯山タクシーをめぐる紛争

(一) 原告甲野は、Bが経営していた湯山タクシーに、一時、運転手として勤務していたことからBと面識を有していたものの、しばらくの間、原告甲野とBの交際はなくなっていた。しかし、原告甲野は、Bから金を借りたままになっており、また、原告甲野自身、貸金業を始めることにしたのでBが金に困っているのであれば金を貸してやろうと思いたち、昭和五八年一一月ころ、その旨Bに電話をしたことから原告甲野とBの交際が復活し、さらに、その際、原告甲野は、Bから、湯山タクシーの経営権をめぐってEらと裁判中(第一審・松山地方裁判所昭和五七年(ワ)第二〇三号事件・以下「社員権訴訟」という。)であることを聞かされた。

(二) その後、原告甲野は、昭和五八年一二月二五日、Bから、金融業者であるDに対する借金を返済する一環として、買戻し特約付きでEらに湯山タクシーの社員持分権三〇〇〇口すべてを譲渡したこと(BがEから借り入れた金員で右Dに対する借金を返済し、右社員持分権を借入金の担保として提供したことになる。)、約定の三五〇〇万円を提供して買戻し特約を行使したにもかかわらず、Eらが右三五〇〇万円の受領を拒み、湯山タクシーの経営権の返還を拒んだこと、そのため、Bが湯山タクシーの社員持分権三〇〇〇口を所有することの確認等を求めて社員権訴訟を提起したことなど、社員権訴訟提起に至る経緯及びその内容を詳細に聞き、Bが社員権訴訟で勝訴するものと確信するとともに、Bに対し、四〇〇万円を貸し付けた。

(三) しかし、社員権訴訟の第一審を担当した松山地方裁判所は、昭和六〇年四月二六日、Bの請求を棄却する旨の判決を言い渡した。そのため、Bは、右判決を不服として、昭和六〇年五月四日、高松高等裁判所に控訴し(高松高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一三七号事件)、高松高等裁判所は、昭和六二年三月一六日、Bの請求を一部認め、Bが湯山タクシーの出資口数のすべてである三〇〇〇口の社員持分権を有することを確認するとともに、BがEに対し、三五〇〇万円を支払うことと引き換えに、Eらに対し、連帯して、湯山タクシーの保有する自動車、無線機、ジャッキ、机及びロッカーの引渡しを命じる旨の判決を言い渡し、Eらは上告したものの、昭和六二年五月二二日、上告を棄却する旨の決定が言い渡され、同年六月五日、右判決が確定した。

2  金銭借用証書の偽造等

(一) 昭和五九年一〇月下旬ころ、原告甲野は、Bと共謀の上、貸主を原告甲野、借主を湯山タクシーとする額面五〇〇万円の金銭借用証書一通(甲第二一〇号証)、貸主を原告甲野、借主をB、連帯保証人を湯山タクシーとする額面五〇〇万円の金銭借用証書一通(甲第二一一号証)及び貸主を原告甲野、借主を湯山タクシーとする額面四〇〇万円の金銭借用証書一通(甲第二一二号証・右三通の借用証書を合わせて本件借用証書)をそれぞれ偽造した。

(二) その後、原告甲野は、薦田弁護士らに依頼して、湯山タクシーを被告として、昭和六〇年五月一四日、本件借用証書に基づき一四〇〇万円の支払を求める訴訟(本件貸金訴訟)を提起し、昭和六〇年九月三〇日、本件貸金訴訟の第二回口頭弁論期日において、薦田弁護士をして、本件借用証書を、担当裁判官に対し、真正に成立したもののように装って提出させて行使した。また、原告甲野は、Bに対し、本件借用証書記載のとおりの貸借がある旨虚偽の証言をするよう指示し、その旨Bに決意させ、実際に、Bは、昭和六〇年九月三〇日、本件貸金訴訟の第二回口頭弁論期日において、宣誓の上、証人として、本件借用証書記載のとおりの貸借がある旨の虚偽の証言をした。

(三) しかし、本件貸金訴訟の第一審を担当した松山地方裁判所は、昭和六一年七月三一日、原告甲野の請求を棄却する旨の判決を言い渡し、右判決は、同年八月一七日、確定した。

(四) 原告甲野らが本件借用証書を偽造した当時、社員権訴訟は第一審の松山地方裁判所において係属中であり、また、Bは、湯山タクシーの取締役ではなく、Uが代表取締役であった。

3  本件殺人事件の発生及びその捜査

(一) 昭和六三年一〇月八日ころ、松山市内において、ダイナマイト約一五〇本等が盗まれる事件(以下「本件窃盗事件」という。)が発生するとともに、同月二五日午後一〇時三〇分ころ、被告丙山宅において、ダイナマイトを使用した本件殺人事件が発生した。

(二) 県警は、本件殺人事件発生直後、捜査本部を設置し、県警本部及び県警所属警察署の警察官約二六〇名を捜査に当たらせ、本件殺人事件の犯人検挙に全力を挙げるとともに、関係者に対する事情聴取を開始した。そして、関係者の供述から、湯山タクシーの経営権をめぐってトラブルが発生していたこと、また、被告丙山の供述から、原告甲野と被告丙山との間で、原告甲野が被告丙山に対して代金九五〇〇万円で湯山タクシーを売却する旨の合意をし、被告丙山が原告甲野に対して内金合計三八〇〇万円を交付するとともに、右売買契約につき、原告甲野の履行がなされない場合に右三八〇〇万円を回収する目的で、債権者を被告丙山、債務者を原告甲野、債務額を三八〇〇万円とする金銭消費貸借公正証書(本件公正証書)を作成し、その返済期限を被告丙山が湯山タクシーを引き渡してもらう日として合意した昭和六三年七月末日と定めていたこと、しかし、昭和六三年三月ころには原告甲野が実際に湯山タクシーの経営権を取得したにもかかわらず、原告甲野は、被告丙山に対し、湯山タクシーの経営権を引き渡さず、また、被告丙山の原告甲野に対する湯山タクシーの引渡し又は交付した右三八〇〇万円の返還にも応じていなかったことをつかんだ。そのため、県警は、原告甲野を、本件殺人事件について、動機面で嫌疑のある者であると判断し、本件殺人事件の被疑者の一人であると考えた。

(三) また、県警の警察官は、同年一〇月二六日、原告甲野から、約一時間三〇分にわたり、本件殺人事件に関する事情を聴取し、その際、原告甲野は、湯山タクシーをめぐるトラブル及びEが本件殺人事件の犯人だと思うこと等を供述した。さらに、原告甲野は、同年一一月二一日及び同月二五日、被告丙山の入院する病院へ、被告丙山の見舞いに訪ねたが、原告甲野は、同月二一日には、被告丙山に対し、一〇月二五日のアリバイについて、二五日は夜中に和歌山を出て徳島の小松島を経由して松山へ帰って来たが、警察の検問で本件殺人事件を知ったと答え、さらに、同年一一月二五日には、一〇月二五日のアリバイについて、右一一月二一日における供述と異なり、朝からある人と一緒に松山におり、外出はしていない旨の供述をした。原告甲野と被告丙山の右各会話の内容は、いずれも、被告丙山の病室に立ち会っていた県警の警察官も聞いており、同年一一月二一日には、一〇月二五日のアリバイを聞く警察官に対しても、原告甲野は、ダイナマイトが盗まれた日(一〇月一〇日のことを指す。)は、朝、和歌山を出発し、午後二時又は三時ころ、松山に来た旨、本件殺人事件が起こった日(一〇月二五日のことを指す。)は夜中に和歌山を出発し、翌日、松山に来た旨供述した。

被告丙山は、右原告甲野との面会の後、その場にいた県警の警察官に対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人に間違いない旨伝えた。

(四) 他方、本件殺人事件発生後、報道関係者も活発に報道及び取材を繰り返し、その過程において、原告甲野が被告丙山に多額の借金があることなどが明らかとなり、報道関係者は、原告甲野に対する取材を繰り返し、原告甲野とトラブルになることもあった。そのため、原告甲野は、自分の写真を撮影した記者を松山東署に連れてきて、犯人扱いされると抗議し、また、県警の記者クラブにおいて犯人ではないと主張するとともに、昭和六三年一二月一二日午後一時ころ、松山東署に出頭し、新聞記者が犯人扱いにして困っているので、一〇月一〇日及び同月二五日のアリバイを聞いて欲しい、今まではっきり本当のことを言わなかったのは同棲しているNに迷惑をかけてはいけなかったので言わなかったと述べるとともに、一〇月一〇日及び同月二五日の行動を警察官に説明した。

なお、原告甲野による一〇月二五日の行動の説明は、朝一〇時から一一時の間に湯山タクシーの事務所に行き、昼前ころ帰り、その後はNと二人でマンションに居たものであり、途中、ビデオを借りに行ったかもしれない、とするものであった。県警では、原告甲野の右申立てに基づき、Nから事情を聴取する等の捜査を行ったものの、アリバイが存在するとの確定的証拠はなかった。

(五) また、県警は、本件殺人事件の被疑者の一人と考えていたCについても、アリバイ捜査をしたものの、アリバイがあるともないとも判断できなかった。

4  本件被疑事実の発覚及び原告甲野らの逮捕

(一) 原告甲野とBの間では、原告甲野が社員権訴訟の控訴費用等を支出し、また、原告甲野が、湯山タクシーの保管する自動車、無線機、ジャッキ、机及びロッカーと引換えに支払うべき三五〇〇万円を用意し、右金員をもってBがEに三五〇〇万円を支払うこととされたことから、原告甲野及び原告甲野の指定した山内幸が湯山タクシーの社員持分権三〇〇〇口すべてを所有する旨合意されており、また、Bは、原告甲野が湯山タクシーの取締役に就任し、Bが監査役に就任することにも同意していた。しかし、Bは、原告甲野が取締役となり、自分が監査役にとどまっていることに不満を感じ、県警に対し、昭和六三年七月ころ、原告甲野に湯山タクシーを乗っ取られた旨の申告をした。

(二) 県警は、Bの右申告に基づき、事実関係を調査していたところ、本件殺人事件発生後、原告甲野が、本件貸金訴訟を提起していることが判明し、Bから事情を聴取する等の捜査を行い、また、Bから、本件借用証書、本件貸金訴訟に関する訴訟告知書及び本件借用証書を作成するに際して使用したBの実印の任意提出を受けた。

なお、湯山タクシー乗っ取りの嫌疑については、右事件を担当した県警の警察官であるTらが、昭和六三年一二月一日、Eらからの湯山タクシーの経営権の回復及びその後の原告甲野の湯山タクシー取締役就任等に関与した原告乙川の事務所を訪ね、右経緯について事情を聴取したため、Bが真実に反してかかる申告をしていたことが明らかとなった。

(三) その後、県警の警察官は、昭和六三年一二月一八日、松山地方裁判所裁判官に対し、本件被疑事実を理由とする原告甲野の逮捕状の発付を請求し、同日、逮捕状の発付を受け、昭和六三年一二月一九日午前一〇時三二分、原告甲野を本件被疑事実により逮捕し、さらに、同月二〇日から引き続き勾留したが、同月三一日、処分保留のまま釈放した。

(四) また、松山地方検察庁検察官は、平成元年一月一三日、松山地方裁判所に対し、本件被疑事実により原告甲野を起訴し、同日、Bを起訴猶予処分とした。

(五) 県警は、原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人と考え、本件逮捕当時、原告甲野に対して本件殺人事件に関する取調べを行うことも考えていたものであり、実際、本件殺人事件に関する取調べも行った。

5  本件逮捕後の取調べ

本件逮捕後、県警の警察官は、原告甲野に対して取調べを行ったが、昭和六三年一二月一九日に逮捕した後、同月二六日の午前中までは、本件被疑事実に関する取調べのみを行い、その後、本件殺人事件等に関する取調べも行った。しかし、県警の警察官は、本件殺人事件に関する取調べを開始した後も、本件殺人事件に関する取調べのみを行ったものではなく、同月二六日午後に約四時間、翌二七日午前に約三〇分、それぞれ本件被疑事実に関する取調べを行っている。

なお、原告甲野は、同月二八日午後五時ころ、松山東署から松山刑務所に移監された。同月二六日から同月二八日までの松山東署における取調べ状況は概ね次のとおりである。

(一) 二六日の取調べ状況

(1) 午前九時五三分から午前一一時四八分まで

本件被疑事実に関する取調べ

(2) 午後二時三七分から午後四時三八分まで

本件殺人事件及び本件窃盗事件に関するポリグラフ検査

(3) 午後六時二六分から午後一〇時三〇分まで

本件被疑事実に関する取調べ

(4) 午後一〇時三〇分から翌二七日午前零時三八分まで

本件殺人事件及び本件窃盗事件に関する取調べ

(二) 二七日の取調べ状況

(1) 午前八時三〇分から九時四分まで

本件被疑事実に関する取調べ

(2) 午前一〇時六分から午後零時まで

本件殺人事件及び本件窃盗事件に関する取調べ

(3) 午後一時四一分から午後四時三五分まで

本件殺人事件及び本件窃盗事件に関する取調べ

(4) 午後六時八分から午後九時五五分まで

湯山タクシー乗っ取りにからむ詐欺容疑に関する取調べ

(三) 二八日の取調べ状況

(1) 午後一時四四分から午後三時一七分まで

本件殺人事件及び本件窃盗事件に関する取調べ

(2) 午後三時四五分から午後四時五五分まで

本件殺人事件及び本件窃盗事件に関する取調べ

6  関係者に対する取調べ等

(一) 本件殺人事件の捜査本部の一員であったV(以下「V」という。)は、昭和六三年一二月一七日から本件被疑事実に関する捜査に従事するようになり、同月一八日、松山を出発し、同月一九日朝、和歌山に到着し、当時の原告甲野宅(和歌山市六十谷<番地略>)に行った。そして、花子に対し、湯山タクシーに関する詐欺事件などのことで聞きたいことがある旨伝え、和歌山東署への同行を要請したところ、花子がこれを承諾したことから、Vらは、花子を和歌山東署に任意同行し、原告甲野の生活状況、タクシー会社経営に必要な経費の捻出方法及び本件殺人事件発生当時の原告甲野のアリバイ等について、午前一〇時三〇分ころから午後五時ころまで事情聴取を行った。

(二) また、翌二〇日、Vらは、和歌山市内の前記原告甲野宅の捜索を行い、金銭消費貸借契約証書等を押収した。

(三) さらに、Vらは、和歌山市内において、原告甲野の生活状況等について、R及びPらから事情聴取を行った。

7  裏付け捜査等

(一) 県警の警察官は、昭和六三年一二月二六日付けで、本件被疑事実に関し、松山東署長あてに、本件借用証書に貼付された印紙額に関する捜査報告書及び裁判所書記官がBの妻に対してBが敗訴する旨申し向けた時期に関する捜査報告書をそれぞれ提出した。

(二) また、和歌山の福島行政書士に対し、原告甲野の依頼によって金銭借用証書のコピーを渡していないか、さらに、××商店の屋号で収入印紙等の販売店を経営しているWに対し、原告甲野の写真を見せ、原告甲野に見覚えがないか等について、それぞれ昭和六三年一二月二〇日及び同月二四日、事情を聴取し、供述調書を作成した。

8  原告甲野に対する有罪判決の確定

原告甲野は、平成五年一月一八日、松山地方裁判所において、本件被疑事実により懲役一年六月執行猶予三年の有罪判決を受け、その後、控訴、上告したものの、いずれも棄却され、原告甲野に対する右有罪判決は確定した。

9  Cに対する有罪判決の確定

他方、Cは、平成元年三月二三日、本件殺人事件等により起訴され、平成五年七月二二日、高松高等裁判所において、無期懲役の有罪判決を受け、同年八月六日、右刑が確定した。

第二  原告甲野の被告愛媛県に対する請求について

一  初期捜査の違法(請求原因2(二))について

前記認定のとおり、県警は、被告丙山の供述等により、本件殺人事件発生後まもなく原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人であると考えるに至っていたところ、原告甲野は、県警は、原告甲野を本件殺人事件の重要容疑者の一人と判断していたのであるから、本件殺人事件の捜査に当たり、刑事訴訟法の趣旨及び犯罪捜査規範九九条並びに捜査実務の慣行にしたがってできる限り早期に任意で原告甲野を取り調べ、アリバイその他重要事項について原告甲野が記憶を失う前に事情聴取をすべき義務を負っていたにもかかわらず、右義務を怠った旨の主張をする。しかし、県警の警察官は、本件殺人事件が発生した翌日には原告甲野から本件殺人事件に関する事情を聴取し、また、原告甲野が被告丙山の見舞いに訪れた際には原告甲野から直接そのアリバイを聴取するなどしており、そもそも県警の警察官が原告甲野から一切早期に本件殺人事件に関する事情聴取をしなかったということはできない。また、いかなる段階において被疑者と目される者に任意での出頭を求め、その取調べを行うかは、被疑事実の内容、嫌疑の程度、収集された証拠の状況、罪証隠滅及び逃走のおそれ、取調べが当該被疑者に与える影響、その他捜査の進展状況等によって、個々の事案ごとに異なる判断を要するものであるところ、本件殺人事件は極めて悪質な犯罪であり、有罪となった場合には極めて重い刑罰が課されることが予想されるのであるから、逃走のおそれ及び罪証隠滅のおそれを考慮して、捜査の状況を察知されるおそれのある被疑者と目する者の早期の取調べに慎重になることも理由のないことではなく、さらに、原告甲野と本件殺人事件とを結びつける有力な物証及び人証は見つかっていなかったこと、原告甲野を被疑者の一人と考えていた報道関係者による原告甲野に対する取材攻勢が過熱していたことなども加味すれば、一概に早期に本件殺人事件に関して原告甲野の取調べをすべきであったとはいえず、原告甲野の主張は理由がない。

二  任意捜査懈怠(請求原因2(三))について

前記認定のとおり、県警は、本件被疑事実に基づく勾留を利用して、原告甲野に対して、本件殺人事件に関する取調べを行っているところ、原告甲野は、県警は、本件殺人事件について、原告甲野を任意で取り調べることに何の支障もなく、加えて、県警が原告甲野を本件殺人事件の重要容疑者と考えていることを察知した原告甲野が、県警に対し、自身を取り調べるように要求していたのであるから、県警には、前記法規範等を順守し、原告甲野を任意で事前に取り調べ、嫌疑の有無について判断すべき義務があった旨の主張をする。しかし、右一において説示のとおり、早期に本件殺人事件に関して原告甲野の取調べをすべきであったとはいえないのであり、また、原告甲野は、本件被疑事実により逮捕される直前に松山東署に赴き、本件殺人事件の発生した一〇月二五日のアリバイ等を警察官に説明しているものの、右をもって県警に原告甲野を任意に取り調べるべき義務があったということはできず、いまだ右一において説示した各事情に照らし、県警に、原告甲野を本件被疑事実により逮捕する前に本件殺人事件に関する任意での取調べをすべき義務があったということはできないのであって、原告甲野の主張は理由がない。

三  最重要容疑者選定の違法(請求原因2(四))について

原告甲野は、本件殺人事件の被害者である被告丙山に対し、三八〇〇万円の借金を有し、被告丙山との連絡が途絶えていたこと、また、本件殺人事件の被害者である被告丙山が、原告甲野が本件殺人事件の犯人ではないかと思う旨の供述をしていたこと、さらに、原告甲野自身、当初、本件殺人事件発生当日のアリバイについてあいまいな供述し、最終的に真実のアリバイを供述していたものの、いまだ明確な裏付けがとれない状態であったのであったこと、これらの諸事情に鑑みれば、県警が原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人であると判断したことは不合理ではなく、また、そもそも、いかなる者を被疑者と考えるかは、捜査の進行状況にしたがって捜査機関内部で判断される問題であり、県警が原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人と考えたこと自体によっては原告甲野に何ら不利益を与えるものではないことからしても、県警が原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人であると判断したことをもって国家賠償法上違法とする原告甲野の主張は理由がない。

四  逮捕の理由の不存在(請求原因2(五))について

1  逮捕・勾留は、その時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎり適法であるというべきであるところ(最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、原告甲野が本件被疑事実を犯したと認めるに足りる相当な理由が存したのか否かについて検討するのに、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時、県警が有していた主な証拠及びその内容は次のとおりである。

(一) Bの昭和六三年一一月二六日付け警察官面前調書(甲第七九号証)

右調書には、昭和五九年二月ころ、音信不通であった原告甲野が再び姿を現わしたこと、その際、社員権訴訟の話を知っていたこと、その後、原告甲野が四〇〇万円貸してくれたこと、昭和五九年一〇月ころ、原告甲野から借用証書を偽造する話を持ちかけられたこと、最初は断ったものの、原告甲野が強引なことや原告甲野に四〇〇万円の借金があったことで断れず、結局、昭和五九年一〇月末ころ、実際に貸し借りはなかったものの原告甲野の言いなりに本件借用証書を作成したこと、その際、原告甲野から、本件借用証書はE側をゆさぶるためのものということは聞いていたものの、具体的にどのように利用するかは聞いていなかったこと、昭和六〇年二月ころ、原告甲野に本件借用証書を返して欲しい旨依頼し、原告甲野もそのうち返す旨答え、B自身もその後、本件借用証書のことは気に止めていなかったこと、しかし、昭和六〇年七月末ころ、訴訟告知書が送られてきて、初めて原告甲野が本件貸金訴訟を提起したことを知ったこと、昭和六〇年九月初めころ、松山地方裁判所から証人呼出状が送られてきたこと、家族は証人としての出廷に反対したものの、原告甲野に本件借用証書記載のとおり証言したらいいと言われ、原告甲野から四〇〇万円を借りている引け目等から本件借用証書記載のとおり借りている旨虚偽の証言をすることにしたこと、そして、実際に虚偽の証言をしたこと、証人尋問の後、原告甲野からうまく証言しなかった旨非難されたこと等が記載されている。

(二) 菅原辰二(以下「菅原弁護士」という。)の昭和六三年一一月二八日付け警察官面前調書(甲第一一五号証)

右調書には、社員権訴訟においてEらの代理人をしていたところ、社員権訴訟の一審判決が出された直後、原告甲野が、湯山タクシーに金を貸しているのでUに金を返すように言って欲しいと頼んできたが断ったこと、本件貸金訴訟の請求原因を見て、一審で敗訴したB側が原告甲野と共謀して腹いせや今後社員権訴訟を有利に導こうとした意図で提訴したのではないかと思ったこと、本件借用証書を見て金員を騙し取り打撃を与えようとする行為であると思ったこと等が記載されている。

(三) Bから任意提出を受けた本件借用証書、本件貸金訴訟に関する訴訟告知書及び本件借用証書を作成するに際して使用したBの実印

2(一)  有印私文書偽造罪、同行使罪について

まず、有印私文書偽造罪、同行使罪の点について、相当な嫌疑があったのか否かについて検討するのに、客観的な物証として、本件借用証書、本件貸金訴訟に関する訴訟告知書及び本件借用証書を作成するに際して使用したBの実印が存在していた。そして、Bは、右1(一)記載のとおり、昭和五九年一〇月末ころ、実際に貸し借りはなかったものの原告甲野の言いなりになって原告甲野とともに本件借用証書を偽造し、その後、原告甲野が本件貸金訴訟を提起し、原告甲野に本件借用証書記載のとおり証言したらいいと言われ、虚偽の証言をすることにし、その旨証言したと供述しているところ、Bの右供述は、右客観的な物証の存在と一致し、その内容も、原告甲野と再会した経緯から偽証するまで具体的かつ詳細に供述するものであるから、右Bの供述は一応の信用をおけるところである。また、Bの本件借用証書の作成権限の点についても、県警は、社員権訴訟が最終的にBの勝訴で終わったことを把握していた(甲第一〇六号証、弁論の全趣旨)ものの、原告甲野らが本件借用証書を作成したとされる昭和五九年一〇月末時点においては、社員権訴訟の第一審が継続中であり、実際、その当時、Bは湯山タクシーの取締役ではなく、Uが代表取締役であったのであるから、Bに作成権限がなかったと考えることは合理的であり、さらに、原告甲野も、Bが湯山タクシーの取締役でないことを認識していたと推測される状況であったといえる。

右のとおりであり、客観的な物証及びBの供述等に照らし、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時において、いずれも原告甲野が有印私文書偽造罪、同行使罪を犯したと認めるに足りる相当な理由があったと評価できる。

(二)  詐欺未遂罪について

右のとおり、原告甲野は、Bとともに虚偽の借用証書を作成したと考えられたところ、右借用証書を利用して本件貸金訴訟を提起する場合には、経験則上右金員を騙取する意図があるのが通常であり、また、実際、菅原弁護士は、社員権訴訟の一審判決が出された直後、原告甲野が湯山タクシーに金を貸しているのでUに金を返すように言って欲しいと頼んできた旨の供述をしているところ、菅原弁護士が敢えて虚偽の供述をすべき理由は考えにくいところであり、これらの点からすれば、原告甲野が、詐欺の故意をもって本件貸金訴訟を提起したものと推測され、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時において、いずれも原告甲野が詐欺未遂罪を犯したと認めるに足りる相当な理由があったと評価できる。

(三)  偽証教唆罪について

Bは、本件貸金訴訟において、本件借用証書記載のとおりの借入金がある旨証言していたところ、前記説示のとおり、Bの警察官に対する供述は一応は信用に値し、また、本件借用証書において債務者又は連帯保証人とされているBに虚偽の供述をする利益は大きくはなく、原告甲野に教唆されて虚偽の証言をすることにしたと考えることも不自然ではないのであり、これらの点からすれば、本件逮捕状請求当時及び本件逮捕当時において、いずれも原告甲野が偽証教唆罪を犯したと認めるに足りる相当な理由があったと評価できる。

五  逮捕の必要性の不存在(請求原因2(六))について

次に、逮捕の必要性について検討するのに、確かに、本件借用証書は県警に提出されており、Bの偽証の点についても、検察官は、本件貸金訴訟におけるBの証人調書を既に入手していたと認められる(甲第一七八、一七九号証)。また、右のとおり、Bは、県警の警察官に対し、既に詳細な供述をしている。しかし、本件借用証書の作成に使用したワープロ等の物証でいまだ押収されていないものもあり、また、本件被疑事実は共犯事案であるところ、Bが詳細な供述をしているとはいえ、その後、原告甲野との通謀によりその内容を否定する供述をすることも予想し得るのであり(なお、原告甲野は、本件逮捕当時、原告甲野とBは対立しており、口裏合わせをするおそれはなかった旨の主張をするも、情状面も含めて本件被疑事実の発覚・拡大を防ぐという点では利害は一致するのであり、必ずしも原告甲野の主張は当たらない。)、さらに、本件被疑事実が決して軽微な犯罪でない点をも考慮すれば、逃亡のおそれはともかく、罪証隠滅のおそれは十分に考えられるところであって、逮捕の必要性は認められるというべきであり、原告甲野の主張は理由がない。

六  本件被疑事実立件の違法(請求原因2(七))について

原告甲野は、本件被疑事実はEが湯山タクシーの経営権を返還しなかったことに端を発し、E自身、処罰を望んでいなかったこと、また、本件逮捕状請求当時、本件貸金訴訟の判決が言い渡された後二年余り経過しており、さらに、湯山タクシーの経営権もEからB及び原告甲野に移転しており実質的な被害がないことなどを理由として本件被疑事実は刑事事件として立件すべきでない事案であり、立件したことが違法である旨の主張をするも、そもそも甲第一二一号証に照らし、本件逮捕状請求当時、Eが原告甲野らの検挙を望んでいなかったということはできず、また、本件被疑事実は単なる財産犯にとどまらず、借用証書という文書に対する社会の信頼を阻害し、さらに、裁判制度を悪用して一四〇〇万円を騙取しようとした事案であり、刑事事件として立件すべきでない事案であるとは到底いえず、原告甲野の主張は採用できない。

七  別件逮捕の基本条件欠如の違法(請求原因2(八))について

本件において、証人Xは、本件逮捕当時、県警は、原告甲野を本件殺人事件と関連性があると考え、本件殺人事件に関する取調べを行うことも考えていた旨の証言をし、実際、前記認定のとおり、本件殺人事件に関する取調べを行っており、県警において、原告甲野を本件被疑事実で逮捕し、本件殺人事件に関する取調べを行うことも考えていたことは明らかである。そこで、本件逮捕がいわゆる違法な別件逮捕に当たるのか否かについて検討するのに、被疑者の逮捕勾留中に、逮捕勾留の理由となった被疑事実以外の事件について、当該被疑者を取り調べること自体は法の禁じるところではなく、それ自体をもって違法ということができないのは当然である。しかしながら、逮捕及びその後の勾留による身柄の拘束を、当該逮捕の理由となった被疑事実の捜査に利用するのではなく、当初から、専ら、証拠資料が不十分なために適法に逮捕することのできない別の事件の捜査のために、当該逮捕及びその後の勾留を利用する意図のもとで、たまたま逮捕し得るだけの証拠資料を有する事件で逮捕するがごときは、裁判官による司法審査を実質的に回避し、別の事件について令状によらずして被疑者の身柄を拘束するものに等しく、令状主義の精神を没却する行為であり、かかる場合には、たとえ当該事件について逮捕の要件を充たしていたとしても、当該逮捕は国家賠償法上違法というべきである。

そこで検討するのに、右のとおり、県警は、本件逮捕当時、原告甲野に対して本件殺人事件に関する取調べを行うことも予定しており、また、本件被疑事実は、松山東署が本件殺人事件の犯人検挙のために全力を挙げて捜査中に、本件殺人事件発生以前にBから湯山タクシーを乗っ取られたとの申告がされていたことから捜査を開始したことにより発覚したものであり、本件被疑事実の捜査に関与したYは、当初、本件殺人事件の捜査本部の一員であったことからしても、県警に、本件殺人事件の犯人検挙のために本件被疑事実を利用する意図があったことは否定できず、右は被疑事実ごとに裁判官による司法審査を必要とした令状主義の精神を逸脱するおそれのあるものとして非難すべきであるとも考えられる。しかしながら、<1>本件被疑事実自体、裁判制度を悪用し、証人に偽証させてまで一四〇〇万円を騙取しようとした悪質な犯罪であり、また、前記説示のとおり、本件被疑事実による逮捕の必要性は十分認められたこと、また、<2>昭和六三年一二月一九日に原告甲野が逮捕された後、一二月二六日までは本件被疑事実に関する取調べのみが行われており、その後、本件殺人事件に関する取調べが行われているものの、それでも本件殺人事件に関する取調べのみではなく、本件被疑事実に関する取調べ等も行われていること、さらに、<3>本件被疑事実の捜査に関しては、原告甲野に対する右取調べのみではなく、前記認定のとおり、借用証書の入手先への聞き込みや貼付された印紙額の調査等補充捜査も実際に行われていたこと、これらの諸事情に徴すれば、本件被疑事実による逮捕はその実質も備えており、本件逮捕が専ら本件殺人事件を調べるための逮捕であり本件逮捕状請求行為及び本件逮捕が国家賠償法上違法な別件逮捕であるということはできず、原告甲野の主張は理由がない。

八  逮捕状請求目的の違法(請求原因2(九))について

原告甲野は、原告甲野をはじめ関係者に対する捜査状況に照らし、本件被疑事実についての捜査に当たって原告甲野の身柄拘束は全く不必要であり、原告甲野に対する本件逮捕状請求は本件殺人事件の捜査のためのみに原告甲野の身柄を拘束する目的で行われたものである旨の主張をする。しかし、前記説示のとおり、本件被疑事実による逮捕の必要性は認められ、また、本件逮捕が専ら本件殺人事件に関する取調べを行うための逮捕であったということもできないのであり、原告甲野の主張は理由がない。

九  虚偽内容記載の疎明資料での逮捕状請求(請求原因2(10))について

原告甲野は、Fは、F報告書に原告甲野の罪証隠滅のおそれ及び逃亡のおそれについて虚偽の記載をした旨の主張をするも、前記説示のとおり、原告甲野に本件被疑事実について罪証隠滅のおそれは認められ、F報告書の罪証隠滅のおそれに関する記載はいずれも虚偽ということはできず、また、原告甲野は、強姦及び傷害等の前科を有していたこと(甲第一五八号証)、その妻と居住する和歌山市内の住居のみならず、松山市内においても情婦を住まわせ、和歌山と松山を行き来しており、その居住状態も安定していなかったこと、本件被疑事実自体、重大な犯罪であったことからすれば、F報告書作成当時、Fが、本件被疑事実の捜査に携わった捜査官として、原告甲野に逃亡のおそれありと考えたこと自体は特段不合理ということはできず、原告甲野に罪証隠滅のおそれ及び逃亡のおそれがある旨F報告書に記載したFの行為が国家賠償法上違法ということはできない。

一〇  逮捕方法の違法(請求原因2(11))について

1  証拠(<略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、昭和六三年一二月一九日付け読売新聞朝刊の社会面トップに「松山のダイナマイト殺人事件で重要参考人をきょうにも逮捕」との記事が掲載されたこともあり、松山の原告甲野宅には、昭和六三年一二月一九日の朝から多数の報道関係者が詰め寄せていたこと、県警の警察官が原告甲野宅を訪れた際、多数の報道関係者がいたことから、原告甲野宅において原告甲野に同行を求めることを控えたこと、その後、原告甲野が車で外出したことから、県警の警察官はその機会をとらえ、走行途中の愛媛県立中央病院付近において原告甲野に任意同行を求め、松山東署において、原告甲野を逮捕したこと、以上の各事実が認められる。

2  ところで、原告甲野は、ことさら、多数の報道関係者の見守る公道上において逮捕する旨申し向けられて逮捕され、その際、逮捕の理由も告げられなかった旨の主張をし、これに沿う供述をする。しかし、まず、本件逮捕状には、松山東署において逮捕した旨の記載があり(甲第一〇号証)、また、原告甲野自身、本件被疑事実に関する刑事公判(以下「刑事公判」という。)において、公道上において手錠を掛けられたことはなかった旨の供述をする(甲第六四号証)ことにも照らせば、原告甲野の右供述をもって、県警の警察官が公道上で原告甲野に対して逮捕する旨申し向け、原告甲野を逮捕したということはできず、原告甲野を警察車両の警察官二名の間に座らせたことをもって、原告甲野を逮捕したものと評価することもできないのであって、公道上で逮捕されたとする原告甲野の主張は理由がない。

なお、県警の警察官が、ことさら、多数の報道関係者の見守る中で原告甲野に対して任意同行を求めたものであるのか否かについて検討するのに、証人Zは、報道関係者等に分かりやすい場所はできるだけ避けて、原告甲野に同行を求めて逮捕したものであり、原告甲野に声をかけた時には報道関係者はいなかったと報告を受けている旨の証言をすることに加え、本件逮捕当時、毎日新聞松山支局次長であった証人aは、逮捕当日、原告甲野は車で外出したところ、原告甲野宅に集っていた報道各社はこれを追跡することなく、その後、松山市内において車を止められ松山東署に同行されたと聞いた旨の証言をし、また、本件逮捕当時、産経新聞大阪本社社会部次長であった証人Yは、原告甲野が同行を求められたのを現認したとの報告は受けていない旨の証言をするのであり、さらに、右1において認定のとおり、県警の警察官は、原告甲野宅に報道関係者が多数いたことから敢えて原告甲野宅において原告甲野を逮捕することを控えていたことに照らすと、県警の警察官が、ことさら、多数の報道関係者の見守る中で原告甲野に対して任意同行を求めたとの事実を認めることもできず、原告甲野の主張は理由がない。

一一  取調べの違法(請求原因2(12))について

1  原告甲野に対する取調べについて

原告甲野は、G某、H某らの警察官三名による本件殺人事件の取調べの際、右警察官らは、原告甲野を頭から本件殺人事件の犯人と決め付け、「お前が犯人でなかったら他に誰がいるか。お前しかおらん。お前は犬畜生だ、人間の心に返って正直に吐け。」等の暴言を浴びせて本件殺人事件の犯人であるとの自白を強要し続け、特に松山東署での取調べの際は、机を叩いたり椅子を蹴ったりする等の間接的暴行を繰り返した旨の主張をするので検討するのに、原告甲野は、刑事公判において、松山刑務所に移ってからは取調べ態度が全然違い、大声も出さなくなり、机をたたいたり蹴ったりすることもなくなったものの、松山刑務所に移る前の松山東署における本件殺人事件に関する取調べにおいて、昭和六三年一二月二七日から厳しい取調べを受け、おまえが犯人でなかったらほかに誰がいるのか、おまえしかおらん、おまえは犬畜生や、などと言われ、また、直接殴られたり蹴られたりはしなかったものの、机をたたいたり、机を蹴ったりもされ、さらに、アリバイの追及も厳しく、ダイナマイトが盗まれた日や本件殺人事件が発生した日のアリバイを追及されたが、日にちが経っていることからそんなに細かくは分からず、そのため、なぜ言えないのか追及する捜査官に対して分からないから言えないと答えることの繰り返しであり、言えないのはおまえがやっているからではないか、などということも言われた旨の供述をする(甲第六四号証)。

しかし、前記認定のとおり、原告甲野は、本件殺人事件発生当日のアリバイについてあいまいな説明を繰り返していたものの、逮捕される直前にはNとともにいた旨警察官に明確に供述していたのであり、この点において、アリバイを追及する捜査官に対してアリバイは分からないから言えないと答えることの繰り返しであったとする原告甲野の供述部分は、そもそも不合理な供述であり、この点において、原告甲野の供述全体の信憑性に疑問があるばかりか、前記認定のとおりの松山東署における本件殺人事件の取調べ状況を見る限りは、昭和六三年一二月二六日から同月二八日までに行われた本件殺人事件に関する取調べ時間は約九時間三〇分(二七日及び翌二八日の取調べ時間に限れば約七時間三〇分である。)にとどまっており、また、二七日には本件殺人事件以外についての取調べも行っており、かかる取調べ状況を見る限りは原告甲野の供述するとおりの厳しい取調べが行われていたとは考えにくいところであり、結局、原告甲野の右供述をもって原告甲野主張の右事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点に関する原告甲野の主張は理由がない。

2  花子に対する取調べについて

花子は、刑事公判において、昭和六三年一二月一九日午前九時過ぎころ、Yら警察官四名が和歌山の原告甲野宅に来て、花子に対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人として逮捕されたから出頭して欲しいとたまたま居合わせた銀行員のいる前で申し向けるとともに、和歌山東署へ行く車の中で、Yらが、花子に対し、原告甲野はIより悪い人間だ、原告甲野を逮捕しなかったらあなたも殺されるところだった、死刑にしてやるなどと言い、さらに、和歌山東署においても、本件被疑事実に関することは聞かれずに本件殺人事件に関することばかり聞かれ、Yから絶対死刑にしてやるなどと言われた旨の証言をする(甲第八四号証)。

しかし、前記認定のとおり、原告甲野が逮捕されたのが昭和六三年一二月一九日午前一〇時三二分であり、同日九時過ぎころに和歌山市内の原告甲野宅に臨場したYらが花子に対して原告甲野を本件殺人事件で逮捕したとまで言ったとは通常では考えにくいところであり、また、Yら警察官が、花子に対し、和歌山東署へ行く車の中で、原告甲野はIより悪い人間だ、花子も殺されるところだった、死刑にしてやるなどと言ったとする点は、いかにも誇張にすぎるとの感は否めない。さらに、Yらが和歌山に出張した目的は、Yが本件殺人事件の捜査本部に属していた点及びY自身、和歌山出張は殺人等を担当する松山東署刑事第一課長の指示であったと証言する点に照らし、本件殺人事件に関しても花子らから事情を聴取する目的があったことは否定できないものの、花子から、本件被疑事実に関することは聞かずに本件殺人事件に関することのみを聴取したというのは、原告甲野本人に対する取調べでさえ、当初は本件被疑事実に関する取調べが行われていた点に照らしても考え難いのであり、他方、Yは、花子の右供述内容を全面的に否定しているのであって、これらの諸事情を総合勘案すれば、花子の右証言をもって原告甲野主張の事実を認めるには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  Jに対する取調べについて

Jは、刑事公判において、原告甲野が逮捕された昭和六三年一二月一九日から同月二七日まで県警の警察官の取調べを受けたが、最初から本件殺人事件に関する原告甲野の共犯扱いであり、殴ったり蹴ったりの暴行は受けなかったものの、アリバイを思い出せないと、犯人だから言えないのだろう、いいかげん白状しろなどと言われ、また、最初の四、五日間は机をたたいたりする厳しい取調べであった旨の証言をするとともに、○○組からお前ら兄弟の命がねらわれているとも、別件で必ず引っ張るとも言われた旨の証言をする(甲第八九号証)。しかし、右証言は、本件殺人事件に関してCが起訴された後の証言であり、かつ、Jが原告甲野の弟であることに照らして、誇張された供述である可能性は否定できないのであり、右Jの証言をもって原告甲野主張の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

4  Lに対する取調べについて

Jの妻であるLは、刑事公判において、原告甲野が逮捕された日及びその翌日の二日間、県警の警察官の取調べを受けたが、ほとんど本件殺人事件に関することであり、その際、右警察官は、原告甲野を本件殺人事件の犯人であると断定的に言っていた旨の証言をする(甲第九〇号証)。しかし、右3で説示したような原告甲野との姻戚関係等に照らせば、右Lの証言をもって原告甲野主張の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

5  Mに対する取調べについて

原告甲野は、県警の警察官が、Mに対し、「Eには○○組がついている。○○組には鉄砲玉がいくらでもいる。」などの言辞を用いて脅迫した等の主張をするも、右の言辞内容自体が唐突な感がある上、これを基礎づける客観的な証拠はないのであって、右事実を認めるに足りる証拠はない。

6  Nに対する取調べについて

原告甲野は、刑事公判において、Nは毎日警察の厳しい取調べを受け、ダイナマイトが盗まれた現場や被告丙山宅の方へ連れていかれたりした旨の供述をする(甲第六四号証)が、原告甲野とNとの親密な関係等に照らせば、右供述は信用しがたく、他に原告甲野主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

7  その他の関係者に対する取調べについて

原告甲野は、県警の警察官らが、O、P、Q、Rらその他の原告甲野の関係者に対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨公言してこれらの者に対して取調べを行った旨の主張をし、Pは、刑事公判において、原告甲野が逮捕されたとの記事が出た二、三日後に松山の警察官二人がやって来て、原告甲野が本件殺人事件の犯人であると断定的に言っていた旨の証言をする(甲第八六号証)。しかし、他方、証人Yは、P及びRから事情を聴取した旨の証言をするとともに、その際、いずれも原告甲野が本件殺人事件の犯人であるとか関係があるなどと言ったことはない旨の証言をし、実際、Rは、刑事公判において、警察官から事情聴取を受けた際、警察官は原告甲野が本件殺人事件の犯人であるとは言っていなかった旨の証言をしており(甲第八五号証・なお、Rは、警察官が本件殺人事件に原告甲野が関係あるということを言っていたとも証言するものの、警察官が何をしに来ているのかというのはほとんど分からなかった旨の証言もしており、いずれにせよ、警察官のRに対する事情聴取が違法であるということはできない。)、Pの右証言をもってYら県警の警察官がPに対して原告甲野が本件殺人事件の犯人であると公言して取調べを行っていたとの事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

また、Q及びOは、刑事公判において、それぞれ県警の警察官が、原告甲野が本件殺人事件の犯人であると断定していた旨の証言をする(甲第八七、八八号証)も、Qは、その証言によれば、原告甲野の家族と一緒に旅行に行ったことがあるなど原告甲野と親密な関係にあった者であり、また、Oは、刑事公判において、当初、県警の警察官が原告甲野が本件殺人事件の犯人であると断定はしていなかったとも証言しているのであり、右Q及びOの証言をもって、直ちに、県警の警察官らが、Q及びOに対して原告甲野が本件殺人事件の犯人であると公言して取調べを行っていたとの事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに、県警の警察官が、その他の原告甲野の関係者に対し、原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨公言してこれらの者に対して取調べを行ったとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

以上のとおりであるから、原告甲野らに対する取調べが違法であるとする原告甲野の主張は理由がない。

12 報道機関に対する公表の際の違法(請求原因2(13))について

1  証拠(<略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、県警の警察官は、原告甲野に対し、任意同行を求め、松山東署において本件被疑事実により原告甲野を逮捕したが、その後、原告甲野を逮捕したのではないかとの報道関係者からの問い合わせがあり、報道関係者も原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人と考え、原告甲野をマークしていたことから、本件殺人事件の犯人として逮捕したとの誤解を避けるために、さらに、本件被疑事実は、借用証書を偽造し、訴えを提起した上、偽証を教唆して一四〇〇万円を騙取しようとした犯罪であり、決して軽微な犯罪ではないことから、松山東署の副署長であったZは、昭和六三年一二月一九日午前一一時三〇分ころ、原告甲野を本件被疑事実で逮捕したとの発表をしたこと、その際、集った報道関係者から、本件被疑事実での逮捕と本件殺人事件の関係の有無について質問があったものの、Zはこれを否定したこと、以上の各事実が認められる。

2(一)  ところで、原告甲野は、<1>県警は、原告甲野を本件被疑事実で逮捕するとしても、極秘裡に逮捕して報道機関に逮捕を報道されないよう配慮すべき注意義務を負っており、また、<2>報道機関に本件逮捕を察知された場合でも、特に原告甲野の逮捕報道を自粛するよう要請したり、原告甲野の本件殺人事件に関する嫌疑をはっきり否定するなどして、原告甲野の名誉を侵害しないよう特別の配慮をなすべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った旨の主張をするので検討するのに、まず、前記認定のとおり、県警の警察官は、原告甲野を逮捕するに当たっては、報道関係者が多数つめかけていたため、原告甲野宅での同行要請は控えていたのであり、また、公道上において任意同行を求めたものと認められるものの、ことさら、報道関係者の前で同行要請したものでないことも既に説示したとおりであって、県警の警察官は、原告甲野を逮捕するに当たって、十分配慮していたといえ、この点において、県警の警察官の行為に国家賠償法上違法とすべき点はない。また、県警の警察官は、原告甲野を本件被疑事実で逮捕した場合においても、原告甲野の名誉を不必要に侵害しないよう努めるべきことは当然であるが(刑事訴訟法一九六条、犯罪捜査規範九条参照)、犯罪捜査に対する社会的な関心も否定できないところであり、原告甲野が報道関係者に本件殺人事件の被疑者の一人であると考えられていたことをもって、当然に本件被疑事実に関する正当な報道を自粛するよう申し入れるべきであったということはできず、また、Zが原告甲野を逮捕した旨発表したのは、報道関係者の要請もあり、報道関係者から原告甲野が本件殺人事件の被疑者の一人と考えられていた状況において、誤報を防ぐためのものでもあり、さらに、Zは、原告甲野を本件被疑事実で逮捕した旨の発表をし、原告甲野と本件殺人事件の関係を否定していたのであって(すなわち、事実の公共性、目的の公益性及び事実の真実性がいずれも認められる。)、Zが原告甲野を本件被疑事実で逮捕したことを発表したこと自体は、不当に原告甲野の名誉を侵害するものということもできず、国家賠償法上違法な行為ということはできない。

(二)  なお、原告甲野は、本件逮捕の発表の際、Zが、原告甲野と本件殺人事件の関連について記者にレクチャーした上、原告甲野の写真まで配付した旨の主張をするので検討するのに、<1>本件逮捕当時、松山東署副署長であった証人Zは、一貫して、記者に対する発表は本件被疑事実に関することのみであり、記者の質問に対しては、本件殺人事件との関連をはっきり否定している旨の証言をし、Xもこれに沿う証言をしていること、<2>実際に、昭和六三年一二月二〇日付け愛媛新聞の記事(甲第三六号証)には、「同署(判決注・松山東署を指す。)は今回のAの逮捕事実をあくまで別件とはとらえていない」、「同署は『逮捕事実はそれ自体が本件』とコメント。別件逮捕との見方を否定している。」と記載され、平成元年三月八日付け産経新聞の記事(甲第五五号証)も、松山東署が原告甲野の逮捕について、「別件逮捕ではない」と発表したこと自体は認めていること、<3>証人aは、副署長によるレクチャーがあり、レクチャーの内容のほとんどが本件殺人事件に関するものであった旨の証言をし、証人aの陳述書である乙毎日第一号証には、本件殺人事件との関連を追及する予定であるとのことを聞いているとの記載があるものの、同時に、証人aは、警察発表の際、本件被疑事実そのものが本件であるという説明があったということを聞いたこと自体は肯定しているのであって、証人aの右証言及び乙毎日第一号証の記載をもってZが原告甲野と本件殺人事件の関連をレクチャーしたとの事実を認めることはできないこと、<4>証人Yは、警察はあくまで有印私文書偽造同行使等が本件であり、別件ではないということをかなりしつこく言っていたと記者から報告を受けていた旨の証言をしていることの諸事情に照らせば、Zが原告甲野と本件殺人事件の関連等についてレクチャーしたとの事実は認められない。

また、証人aは、原告甲野の写真も渡されたと報告を受けている旨の証言するものの、他に右証言に沿う証拠はなく、むしろ、証人Yは、県警から写真が提供されたという話は聞いておらず、発表の対応は聞いているものの、写真が配付されたということは確認していない旨の証言をするのであり、右証人aの証言をもって県警が原告甲野の写真を配付したとの事実を認めることはできない。

(三)  ところで、報道関係者は、本件被疑事実による逮捕以前から、原告甲野を被疑者の一人と目しており、また、県警も実際に原告甲野を本件殺人事件の被疑者の一人と考えていたのであるから、かかる県警の姿勢が言外に報道関係者に伝わっていた可能性は否定できず、かかる状況下において、県警が、原告甲野を本件被疑事実で逮捕した旨発表すると、これを聞いた報道関係者が、原告甲野と本件殺人事件とを関連付けて報道するおそれがあり、かかる発表は控えるべきであったとも思えないではない。しかし、前記読売新聞の記事の影響か、一九日は朝から多数の報道関係者が原告甲野をマークする状況にあったのであり、かかる状況下において原告甲野の姿が消えたというのであれば、本件殺人事件で逮捕されたのではないかとの疑心を生むおそれが多分にあったと考えられ、また、実際に、県警に対して、原告甲野を逮捕したのかとの報道関係者からの問い合わせがなされていた状況にあったのであり、かかる状況下において県警が何らかの発表をしない場合、かえって右疑心を増幅するおそれもあったのであり、Zが原告甲野を本件被疑事実で逮捕したとの発表を行うこと自体を否定することはできず、また、前記認定説示のとおり、Zは、本件被疑事実に関する発表のみを行い、報道関係者からの本件殺人事件との関連性に関する質問にはこれを否定していたのであって、当時の状況下においてZが行った本件被疑事実による逮捕の発表は正当であり、国家賠償法上違法とすべき点はない。

第三  原告甲野の被告国に対する請求

一  検察官の警察官に対する指揮、指導の違法(請求原因3(一))について

原告甲野は、本件逮捕は別件逮捕で違法であり、また、本件被疑事実について犯罪は成立せず、仮に成立するとしても起訴を不相当とする事案であったのであるから、検察官は、本件逮捕を中止させるべき義務を負っていた旨の主張をする。しかし、本件逮捕が違法な別件逮捕に該当しないことは前記説示のとおりであり、また、原告甲野は、本件被疑事実について有罪の判決が確定しており、さらに、後記説示のとおり、本件被疑事実が起訴を不相当とする事案であったということもできないから、原告甲野の主張は前提を欠き失当である。

二  勾留請求の違法(請求原因3(二))について

1  まず、原告甲野は、原告甲野を本件殺人事件の被疑者と疑うに足りる合理的根拠や証拠がなかったのであるから、検察官は、原告甲野の勾留請求をしてはならなかった旨の主張をするも、検察官は、原告甲野を本件殺人事件を被疑事実として勾留請求したのではなく、本件被疑事実を被疑事実として勾留請求したものであり、また、前記説示のとおり、本件逮捕が専ら本件殺人事件に関する取調べのみを行う意図でなされたものとはいえないのと同様に、検察官による勾留請求が専ら本件殺人事件に関する取調べのみを行う意図をもってなされたものということもできず、本件勾留請求が違法であるということはできない。

2(一)  次に、原告甲野は、勾留の理由及び必要性がなかった旨の主張をするので検討するのに、原告甲野が逮捕された後、本件勾留請求までに、新たに収集された主な証拠及びその内容は次のとおりである。

(1) 原告甲野の昭和六三年一二月一九日付け弁解録取書(甲第一〇九号証)

右調書には、逮捕状記載の犯罪事実の要旨を告げたところ、原告甲野が、ただいま読み聞かせてもらいましたとおり、架空の借用証書等三通を偽造して裁判所へ貸金等請求事件を提訴し、公判においてBが偽証したことは間違いないと供述した旨の記載がある。

(2) 原告甲野の昭和六三年一二月一九日付け警察官面前調書(乙県第一〇号証)

右調書には、原告甲野の身上経歴及び架空の貸金の事実をでっち上げ、E側から金を騙し取ることにし、偽造の本件借用証書を作成し、薦田弁護士に依頼して本件貸金訴訟を提起してもらい、公判においてBに貸借の事実があるとの虚偽の証言をさせたものの、本件借用証書が偽造したものであることが発覚し金を騙し取ることができなかったこと等が記載されている。

(3) 原告甲野の昭和六三年一二月二〇日付け弁解録取書(甲第一一〇号証)

右録取書には、送致書記載の犯罪事実の要旨を告げたところ、原告甲野が、事実はそのとおり間違いないと供述した旨の記載がある。

(二)  そこで検討するのに、前記説示のとおり、本件逮捕の理由及び必要性は認められたところ、原告甲野は、本件逮捕後、新たに本件被疑事実を認める旨の供述をしており、また、原告甲野が本件被疑事実を認める旨の供述をしていることをもって直ちに前記説示のとおりの罪証隠滅のおそれがなくなったということもできず、勾留の理由は認められ、さらに、本件被疑事実が決して軽微な事案ということができないこと等既に説示した諸事情に照らし、勾留の必要性も認められるのであり、原告甲野の主張は理由がない。

三  取調べの違法(請求原因3(三))について

1  原告甲野は、検察官が、真実に反する供述を押しつけ、原告甲野の検察官面前調書を作成した旨の主張をし、これに沿う供述をするので検討するのに、<1>原告甲野の検察官面前調書は、原告甲野が釈放され、また、弁護人が選任されている状況下で作成されたものであり、そもそもその意思に反する供述が押しつけられる蓋然性が乏しい状況で作成されたものであることに加え、<2>原告甲野の検察官面前調書には、「私は、Bに対し、借用証書原本が作成日付け当時に作られた書類としておかしくないよう古めかせるため、陽に当てておいてくれと指示したのではないかとのことですがそんな指示はしていません。」「借用証書を陽に当てることは、私ではなく、Bが考え付いたことです。」(原告甲野の平成元年一月一二日付け検察官面前調書・甲第七二号証)などと検察官の質問に対して自己に有利な供述をしている部分も認められることの諸事情を勘案すれば、原告甲野の検察官面前調書の内容が検察官によって押しつけられたものであるということはできず、原告甲野の主張は理由がない(なお、原告甲野の弁解録取書(甲第一一〇号証)についても、原告甲野は、本件逮捕直後から本件被疑事実を認める旨の供述をしていることに照らし、原告甲野の右弁解録取書の内容が検察官に押しつけられたものということはできない。)。

2  さらに、原告甲野は、Bの検察官面前調書も、検察官がBに真実に反する供述を押しつけて作成されたものである旨の主張をするが、証人Bは、検察官に虚偽の内容の供述を押しつけられたとの証言はせず、むしろ、刑事公判において、検察庁で取調べを受けた際、正直に話し、取調べの後、調書を読んで聞かせてもらい、記憶どおりの調書になっており間違いないと思った旨の証言をしており(甲第七四号証)、Bが検察官に虚偽の内容の供述を押しつけられたということはできず、原告甲野の主張は理由がない(なお、証人Bは、調書中の原告甲野に詐欺の犯意あったとする趣旨の点については、読み聞けの際に聞かせてもらっていなかった旨の証言をするが、刑事公判において、検察官は調書を見ながら最初から最後まで読み聞かせてくれた旨の証言(甲第七六、七七号証)もしており、右Bの証言は直ちに信用できない。)。

四  公訴提起の違法(請求原因3(四))について

1(一)  原告甲野は、検察官は、本件被疑事実について通常の捜査を行えばいずれも犯罪が成立しないことが容易に判明したにもかかわらず、原告甲野やBに虚偽の供述を押しつけその旨の調書を作成するなどして、本件被疑事実について犯罪が成立するとして公訴を提起したものであり、本件公訴提起は違法である旨の主張をするので検討するのに、まず、原告甲野及びBの検察官面前調書の内容が検察官によって押しつけられたものということができないことは前記説示のとおりであり、また、公訴の提起当時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、右公訴の提起は違法性を欠くものと解するのが相当である(最高裁判所平成元年六月二九日第一小法廷判決・民集四三巻六号六六四頁参照)ところ、本件勾留請求後、本件公訴提起時までに新たに収集された主な証拠及びその内容は次のとおりである。

(1) 原告甲野の昭和六三年一二月二〇日付け勾留質問調書(甲第一一一号証)

右調書には、勾留請求書記載の被疑事実について、金を騙し取る気持ちはなかったこと、検察庁では事実は間違いない旨述べたものの裁判所で本当のことを聞いてもらうつもりであった旨の記載がある。

(2) 原告甲野の昭和六三年一二月二五日付け警察官面前調書(甲第六九号証)

右調書には、原告甲野の身上経歴及び原告甲野がBからEらとの社員権訴訟の内容を聞いた経緯、さらに、Bに貸した四〇〇万円の借用証書が必要なため、福島行政書士に依頼して、金銭消費貸借契約証書(連帯保証人付き)及び金銭借用証書をワープロで作ってもらい、それぞれ一〇枚ぐらいコピーしてもらったこと等について記載されている。

(3) 原告甲野の昭和六三年一二月二六日付け警察官面前調書(甲第七〇号証)

右調書には、Bに貸した四〇〇万円の借用証書が必要なため、和歌山の福島行政書士に依頼して、昭和五九年一月中旬ころ、金銭消費貸借契約証書(連帯保証人付き)及び金銭借用証書をそれぞれ一〇枚ぐらい作ってもらい、そのうち金銭消費貸借契約証書(連帯保証人付き)の方を利用し、Bに対する右四〇〇万円の貸付けに関する借用証書を作成したこと、昭和五九年一〇月下旬ころ、裁判所書記官がBが社員権訴訟で負けるというような意味のことを言っていたとBから聞いたこと、社員権訴訟でBが負ければBに貸し付けた四〇〇万円を返してもらえなくなるし、また、湯山タクシーをEにとられるのではBがかわいそうに思い、Eに対して腹がたったこと、Eに対する嫌がらせにもなるから湯山タクシーを債務者とする貸金を作り上げようと思い、そのことをBに提案したもののBは乗り気でなかったこと、しかし、Bを説得し、Bも同意したこと、右貸金の借用証書として、福島行政書士に作ってもらった金銭借用証書が一〇枚ぐらいそのまま残っていたことからこれを使うことにしたこと、金銭借用証書を三通作成することとし、右借用証書に貼用する額面二〇〇〇円の印紙を三枚、松山市三番町の××商店で購入したこと、そして、実際に本件借用証書を作成したこと、さらに、本件借用証書の記載内容についての具体的な説明が記載されている。

(4) 原告甲野の平成元年一月一一日付け検察官面前調書(甲第七一号証)

右調書には、まず、冒頭に、虚偽の借用証書を作成し、湯山タクシーを相手取って民事訴訟を提起し、その中で虚偽の借用証書を証拠として提出し、さらに、Bに依頼して証人になってもらい、借用証書記載のとおりの貸金があったと虚偽の証言をしてもらったことをいずれも間違いない旨の記載があり、その上で、Bから社員権訴訟の話を聞き、さらに、四〇〇万円を貸すとともに、Bには金はなく、社員権訴訟でBが勝訴する以外に回収の目途はないと思っていたこと、実際、Bは右訴訟は勝つと言い、原告甲野もそれを信用していたこと、虚偽の借用証書を作成する一箇月ほど前、社員権訴訟の担当書記官が社員権訴訟はBが負けるようになっていると言ったとの話を聞き、四〇〇万円を回収できなくなるのではないかと心配になったこと、そこでBに協力させ、右虚偽の借用証書を作成し、Eから右四〇〇万円と利息を回収することを思いたったこと、そして、Bに、Eにゆさぶりをかけるために右借用証書作成をもちかけたこと、Bは当初はしぶったものの、Bに迷惑をかけないなどと言いBを説得し、Bも最終的には右借用証書作成に同意し、実際に借用証書を作成したこと、Bに対する貸金は元金四〇〇万円で一年間の利息一九二万円を加えても約六〇〇万円にしかならないものの、多くとれるものであればこの際とってしまおうと思い、借用証書の合計額は一四〇〇万円にしたこと、BとEの間で昭和五七年以前の湯山タクシーの債務についてはBらが責任をもつことで合意されていることは知っていたものの、第三者である原告甲野にはその効力は及ばないと思ったこと、右借用証書作成当時、Bは原告甲野が裁判を起こすとまでは分かっていなかったはずであり、実際に、Bに裁判を起こすとか、その際に証人になって証言してほしいなどといったことはないこと等が記載されている。

(5) 原告甲野の平成元年一月一二日付け検察官面前調書(甲第七二号証)

右調書には、昭和五九年一〇月中旬ころ、虚偽の借用証書を作成したこと、社員権訴訟の第一審でBが敗訴したこと、右借用証書に基づき、貸金返還訴訟を提起することとし、薦田弁護士に依頼したこと、昭和六〇年六月中旬ころ、Bから右本件貸金訴訟で証人としての呼出状が届いたと連絡を受け、その際、Bが初めて右訴訟の提起を知った様子で原告甲野に不満を言ったこと、同月七月上旬ころ、Bと会い、借用証書記載のとおり金を貸したと証言するように依頼したこと、Bは原告甲野の依頼を聞き入れ、証言すると返事をしたこと等が記載されている。

(6) 原告甲野の平成元年一月一二日付け検察官面前調書(甲第七三号証)

右調書には、薦田弁護士と会った回数、Bの証言内容、本件貸金訴訟で敗訴し、控訴もしなかったこと等が記載されている。

(7) Bの昭和六三年一二月二六日付け警察官面前調書(甲第八〇号証)

右調書には、社員権訴訟のなかで、Eが、原告甲野から一〇〇〇万円出せばこの裁判の件は丸く収めてやると言われた旨証言していたこと、昭和五九年一〇月下旬ころ、本件借用証書を作成したが、その時は既に湯山タクシーの代表者ではなかったこと、本件借用証書は原告甲野がE側に請求してゆさぶりをかけると言ってきたから作成したものであり、BにはE側から金をとろうという気持ちはなく、また、原告甲野が本件貸金訴訟を提起するとも思っていなかったこと、社員権訴訟において本件借用証書が出されたことを不安に思い、昭和六〇年二月ころ、原告甲野に対し、本件借用証書を返して欲しい旨依頼したものの、原告甲野は返してくれなかったこと、昭和六〇年六月、裁判所から証人呼出状が送られてきて、原告甲野が本件借用証書をもとに本件貸金訴訟を提起したことを知ったこと等が記載されている。

(8) Bの昭和六三年一二月二七日付け警察官面前調書(甲第八一号証)

右調書には、本件貸金訴訟を知ったのは昭和六〇年七月末ころに訴訟告知書が送られてきた時と思っていたが、警察の調べでそれ以前に昭和六〇年六月一八日付けで証人呼出状が発送されていることが分かったこと、家族に証人呼出状が送られてきたいきさつを説明すると、非難され、証人としての出廷を止められたが、原告甲野に本件借用証書記載のとおり証言したらいい旨言われ、虚偽の証言をする決心をし、実際、虚偽の証言をしたこと、原告甲野は本件貸金訴訟によって金を手に入れようと思っていたかもしれないこと等が記載されている。

(9) Bの昭和六三年一二月二八日付け警察官面前調書(甲第八二号証)

右調書には、昭和五三年ころからの湯山タクシーの資金繰り、Bの原告甲野らに対する借金の内容等が記載されている。

(10) Bの平成元年一月一三日付け検察官面前調書(甲第八二号証)

右調書には、昭和五九年一二月ころから再び原告甲野が顔を出すようになり、原告甲野に社員権訴訟の話をし、絶対勝つと思っていると言ったこと、原告甲野から四〇〇万円を借りたこと、その後、原告甲野に、書記官があなたの方が勝つとは限らないと言っているということを話したこと、昭和五九年一〇月中旬、原告甲野がEにゆさぶりをかけるために虚偽の借用証書の作成をもちかけてきたこと、最初は断ったものの、結局これに応じて本件借用証書を作成したこと、原告甲野が本件借用証書を利用してEに請求し、Eから金をとるつもりであることはわかっていたものの、社員権訴訟に影響が出ないように頼んだことから請求するとしても社員権訴訟の一審判決が出た後だろうと思ったこと、昭和六〇年六月中旬ころに裁判所から証人呼出状が届き、原告甲野が本件貸金訴訟を提起したことを知ったこと、Bが驚き原告甲野に電話をしたところ、原告甲野が本件借用証書の分だけでも金をとるつもりだと言っていたこと、同年七月上旬ころ原告甲野と会い、原告甲野から、Eから金をとるために本件借用証書記載のとおり金を借りたと裁判所で証言して欲しいと言われ、それまでは裁判に出るつもりはなかったものの、Bは、裁判所で虚偽の証言をすることを決意したこと、実際、裁判所で虚偽の証言をしたこと等が記載されている。

(11) Dの昭和六三年一二月三一日付け検察官面前調書(甲第一〇三号証)

右調書には、原告甲野が本件貸金訴訟を提起し、訴状がEのもとに届いた直後、Eから電話があり、右電話を受けた直後、Bに電話をしたところ、Bは、実際に、原告甲野から金を借りていたと答えたことなどが記載されている。

(12) b(以下「b」という。)の昭和六三年一二月二一日付け警察官面前調書(甲第一一三号証)

右調書には、bが湯山タクシーの取締役をしていた昭和五九年ころ、原告甲野から湯山タクシーの事務所に、Bが湯山タクシーの社長をしていた昭和五五、五六年ころに湯山タクシーに金を貸したがBが返してくれないから返して欲しい旨の電話が二、三回あったが、その都度原告甲野に対し断っていたこと、Eに右電話の内容を伝えていたこと等が記載されている。

(13) Eの平成元年一月一一日付け検察官面前調書(甲第一二一号証)

右調書には、社員権訴訟の本人尋問において、原告甲野から金を払えば社員権訴訟を丸く収めてやると言われた旨証言したことがないこと、右本人尋問の前に、bから、原告甲野からBが湯山タクシーを経営していた時に湯山タクシーに貸した金を返して欲しい旨言われたことを聞いたこと、本件貸金訴訟において、Bが本件借用証書が本物であると証言していたこと等が記載されている。

(二)  そこで検討するのに、前記説示のとおり、本件被疑事実について、逮捕の理由及び勾留の理由がいずれも認められたところ、原告甲野も、有印私文書偽造罪、同行使罪及び偽証教唆罪の点については一貫してこれを認める旨の供述をしており、本件被疑事実のうち、右各罪については、検察官の公訴提起に違法とすべき余地はない。

次に、詐欺未遂罪の点について検討するのに、原告甲野は、勾留質問調書において、詐欺未遂罪の故意を否認する旨の供述をし、さらに、警察段階においては、Eに対する嫌がらせのために本件借用証書を作成して本件貸金訴訟を提起した旨の供述をしている。しかし、原告甲野は、<1>実際に湯山タクシーに対して一四〇〇万円の支払を求める訴訟を提起していること、<2>その他の関係者も、前記のとおり、菅原弁護士は、原告甲野が湯山タクシーに金を貸しているのでUに金を返すように言って欲しいと頼んできた旨の供述をし、bも、昭和五九年ころ、原告甲野から湯山タクシーの事務所に、Bが湯山タクシーの社長をしていた昭和五五、五六年ころに湯山タクシーに金を貸したがBが返してくれないから返して欲しい旨の電話が二、三回あった旨供述しているのであり、Eも、bの右供述に沿う供述をしていること、さらに、<3>Bも、検察官に対して、原告甲野が本件貸金訴訟を提起したことを知った後、原告甲野に電話をしたところ、原告甲野が本件借用証書の分だけでも金をとるつもりだと言っていた旨の供述をするに至り、原告甲野自身も、検察官に対して、詐欺の犯意を認める旨の供述をしているところ(甲第七一号証)、原告甲野及びBが検察官によって真実に反する供述を押しつけられたものとすることができないことは前記説示のとおりであり、また、原告甲野の供述内容も、本件被疑事実を挙行するに至った経緯などを具体的かつ詳細に供述するものであり、湯山タクシーから一四〇〇万円を騙し取ることにした経緯についても、特段不合理とすべき点はないこと、そして、<4>結果的に原告甲野の有罪が確定していること、これらの諸事情を総合勘案すれば、本件公訴提起当時、原告甲野には、合理的な判断過程により有罪と認められる詐欺未遂罪の嫌疑があったものということができ、本件公訴提起は適法である。

以上のとおりであるから、原告甲野の主張は理由がない。

2  また、原告甲野は、仮に本件被疑事実につきいずれも犯罪が成立するとしても、違法性の程度は極めて低く可罰性が認められず、また、可罰性が認められるとしても、起訴猶予処分にするべき事案であったとの主張をするも、既に説示したとおり、本件被疑事実は、借用証書を偽造した上、裁判制度を悪用して一四〇〇万円を騙取しようとした犯罪であり、本件に現われたすべての事情を考慮しても違法性の程度が極めて低くて可罰性が認められないなどとはいえず、また、検察官は、被疑者を起訴するか否かの判断につき、広範な裁量を有しているところ(刑事訴訟法二四八条)、既に説示した各事情に照らし、本件公訴提起が検察官の裁量権の範囲を逸脱したものということもできず、原告甲野の主張は理由がない。

第四  原告甲野の被告毎日新聞に対する請求

一  請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までが、原告甲野の名誉を毀損する記事に当たるのか否かについて検討するのに、原告甲野は、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までが、一般読者をして原告甲野が真実は本件殺人事件の容疑であるが別件で逮捕されたと認識させるものであり、同事件の真犯人であるとの印象を与え、原告甲野が社会から受ける客観的評価を低下させる記事である旨の主張をし、被告毎日新聞はこれを争うものであるところ、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までが、一般読者をして原告主張の事実を摘示し、又は印象を与える記事であるのか否かは、一般読者の通常の注意と読み方を基準にして、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までを含む本件記事(一)全体が一般読者に与える印象によって判断するのが相当である。

そこで検討するのに、本件記事(一)は、まず、大見出しにおいて、「別件で2人を逮捕」とするものであるが、元来、別件逮捕という文言には、単に「逮捕」とせず、わざわざ「別件」逮捕とする点において、一般読者をして逮捕事実より重大な本件の存在を印象づけ、かつ、本件についても嫌疑があるのではないかとの印象を与えるところがあり、記事のその余の記載内容によっては、本件についても相当の嫌疑があるのではないかとの印象を与えるおそれが大きいものであって、特に、本件記事(一)の場合には、「別件」という文言にダブルコーテーションマークを付し、別件であることを強調し、さらに、小見出しにおいて、「詐欺トラブルのタクシー社長ら紙箱爆弾関連追及」としている点において、その傾向が一層強いものといえる。

そして、本件記事(一)は、右に加え、原告甲野が有印私文書偽造等で逮捕されたとするものであるが、本件殺人事件の捜査本部のある松山東署が被告丙山とタクシー会社の経営をめぐってトラブルのあった原告甲野を有印私文書偽造等で逮捕したと記載していること、捜査本部は原告甲野を本件殺人事件の関連を追及すると記載していること、さらに、原告甲野は、被告丙山から借金返済とタクシー会社の経営権の譲渡を再三要求されていたこと、捜査本部は被告丙山が湯山タクシーの買収を図り、このための資金をめぐって原告甲野とのトラブルがあったのではないかとみていること、そして、被告丙山ら五名が死傷した本件殺人事件の詳細な内容を記載しており、かかる本件記事(一)の記載内容全体に徴すれば、本件記事(一)記載部分(1)から(4)までを含む本件記事(一)は、一般読者をして、借金返済とタクシー会社の経営をめぐるトラブルから、原告甲野に本件殺人事件に関する相当の嫌疑がかけられており、そのため、別件である有印私文書偽造等で逮捕され、これから本件殺人事件に関して追及されるものであるとの印象を与える事実を摘示するものということができ、右事実は原告甲野の社会的評価を低下させるものということができるから、原告甲野の名誉を毀損する記事であるということができる。ただし、原告甲野の主張するように、本件記事(一)が一般読者をして、原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与える記事であるとまでいえるかについては、右記事は、原告甲野らに本件殺人事件に関する相当の嫌疑がかけられているという限度にとどまるものであって、原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの事実を摘示し、又は真犯人であるとの印象を与える記事であるとまではいえない。

三  被告毎日新聞の抗弁について

1  被告毎日新聞は、原告らが本件被疑事実で逮捕されたこと及び松山東署が詐欺トラブルのタクシー社長らの「紙箱爆弾」関連を追及することを報じたものであるところ、原告甲野が本件被疑事実で逮捕された事実及び「紙箱爆弾」関連の追及を受けたことは真実であると主張するところ、原告甲野が本件被疑事実で逮捕された事実、本件逮捕当時、県警に原告甲野を本件殺人事件についても取り調べる意図があり、その後、実際に原告甲野を本件殺人事件についても取り調べたことは、いずれもこれを真実として認めることができる。

しかしながら、本件記事(一)は、前記認定のとおり、右の各事実を摘示するにとどまらず、原告甲野に本件殺人事件に関する相当の嫌疑が存在することをも摘示するものというべきであり、そのことについて真実性の証明があるということはできない。

2  また、被告毎日新聞は、本件記事(一)を執筆した記者は警察発表等を根拠としたものであり、本件記事(一)を執筆するについては相当の理由があった旨の主張をする。しかし、前記認定のとおり、原告甲野が逮捕された際、松山東署の副署長としてその発表に当たったZは、原告甲野と本件殺人事件の関連を明確に否定し、別件逮捕でないことを特に注意喚起する発言をしているのであって、このことに照らし、右警察発表をもって、原告甲野の本件殺人事件に関する嫌疑を信じるに足りる相当な理由とすることはできない。

なお、証人aは、被告毎日新聞の記者は、右警察発表以外にも、面識のある県警の幹部に取材する等多方面に取材して記事にするのであり、その後の取材でも、本件殺人事件を追及するという取材結果を得ている旨の証言をするも、その証言は、取材源はともかく、その取材内容において具体性を欠くものであり、その証言内容からしても、原告甲野の本件殺人事件についての相当の嫌疑を基礎づける事実までを確認したようにはうかがえないこと、被告毎日新聞の記者は、本件殺人事件に関し、原告甲野から取材することもなく、本件殺人事件と原告甲野の関連に関し、県警が具体的にいかなる証拠を有していたのかということを把握していなかったこと(証拠(乙毎日第一号証、証人a)及び弁論の全趣旨によれば、被告毎日新聞の記者は、原告甲野が五〇〇〇万円前後の借金返済を免れるために本件殺人事件を起こすことはないであろうと考えていたものの、警察発表の物々しさ、証人aが腐ったネタと称する軽微な事件をあえて警察発表の対象としていること、警察筋では当初から引き続き原告甲野の名前が浮かんでいたことから、原告甲野に本件殺人事件についての相当の嫌疑があり、本件被疑事実により別件逮捕された旨理解したことがうかがわれるところ、右によれば、原告甲野と本件殺人事件の関連につき県警が具体的にどのような証拠を有していたかを把握していなかったものと認められる。)、他方、前記認定のとおり、Zは、警察発表の際に、原告甲野と本件殺人事件の関連を明確に否定し、別件逮捕でないことを特に注意喚起する発言をしていたことを総合勘案すれば、被告毎日新聞の記者に、原告甲野に本件殺人事件についての相当の嫌疑が存したと信じる相当の理由があったということはできない。

3  以上のとおりであり、その余の点について判断するまでもなく、被告毎日新聞の抗弁は理由がない。

第五  原告甲野の被告産経新聞に対する請求

一  請求原因5(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件記事(二)が、一般読者をして原告甲野が別件で逮捕されたと印象付け、本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与え、原告甲野の名誉を毀損する記事に当たるのか否かについて検討するのに、本件記事(二)の概要は次のとおりである。すなわち、本件記事(二)は、「紙箱爆弾事件の被害者に多額借金」との大見出しを、また、「タクシー会社社長ら2人逮捕」「有印私文書偽造などで」との中見出しを掲げた上で、リード部分において、ダイナマイトを詰めた紙箱爆弾が爆発し、Aら五人が死傷した事件(本件殺人事件)の被害者である被告丙山から約四〇〇〇万円の借金をしていた原告甲野らが県警に有印私文書偽造などの疑いで逮捕されたこと、原告甲野のタクシー会社は松山市内にあり、被告丙山の会社への買収問題も持ち上っていたことを記載し、本文記事において、原告甲野らの逮捕容疑、原告甲野は被告丙山からの借金を期限に返済できず、返済できないときは被告丙山に湯山タクシーの経営権を譲渡するなどの約束もあったらしく、原告甲野と被告丙山との間でトラブルになっていたこと、本件殺人事件の概要、県警は本件殺人事件を被告丙山の爆殺を狙った犯行と見て被告丙山とトラブルがあった者のリストアップを進めていること等を記載している。

そこで検討するのに、確かに、本件記事(二)は、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件と関連を有しているのではないかと思わせるおそれがないとはいえないものの、その限度にとどまるものであり、原告甲野に本件殺人事件についての嫌疑が具体的にかけられているものとか、いわゆる別件逮捕であると示唆するような記載部分は見当たらないから、本件記事(二)が、一般読者をして原告甲野が別件で逮捕されたと印象付け、本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与え、原告甲野の名誉を毀損する記事であるということはできず、原告甲野の主張は理由がない。

なお、原告甲野は、逮捕事実と直接関係のない事実の記載は、読者にこれらを関連づけて読ませるためのものであるところ、本件記事(二)は、紙箱爆弾事件の被害者に多額借金との見出しを掲げ、さらに、被告丙山を本件殺人事件の被害者と形容するなど、逮捕事実と本件殺人事件とが関連していると表現するものであって、かかる見出し、記事の大きさ及び実名の記載に、我が国の警察官が別件で逮捕する場合もいわゆる本件について相当な証拠があり、犯人である蓋然性が高いという経験則を加えて、読者の大部分は、原告甲野を本件殺人事件の犯人と認識する旨の主張をする。

しかし、そもそも、本件記事(二)には別件逮捕である旨の記載はされていないのであり、また、本件記事(二)の見出し、記事の大きさ及び実名の記載を考慮しても、本件記事(二)は、これを読む者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告甲野が本件殺人事件の被害者である被告丙山に対して借金を有していたこと及び原告甲野と被告丙山との間でトラブルがあったことの範囲において、原告甲野が本件殺人事件と関連を有しているのではないかと推測せしめる記事にすぎず、それを超えて原告甲野が本件殺人事件の容疑者である事実を摘示したとか、真犯人であるとの印象を与える記事とまではいうことはできないのであって、原告甲野の主張は理由がない。

三  ところで、原告甲野は、被告各新聞社は、原告甲野の実名の報道を控えるべき義務があった旨の主張をするので検討するのに、今日における報道の影響力に照らし、報道する者は、報道される者の名誉を不当に毀損しないよう常に配慮すべきことがその社会的使命として求められるというべきであるが、犯罪報道において、被疑者の氏名は犯罪事実と並んで犯罪報道の基本的な要素を構成するものであり、常に実名の報道を差し控えるべきとすれば、犯罪報道の内容が希薄なものとならざるを得ず、結局、犯罪報道において、被疑者の実名を報道することが許容されるのか否かは、被疑事実となっている犯罪の内容、捜査の状況、被疑者の年齢、犯罪報道における実名の報道に対する社会的な要請の程度等諸般の事情を総合考慮して判断せざるを得ないというべきである。そして、本件において、本件被疑事実は裁判制度を悪用して一四〇〇万円を騙取しようとした重大な犯罪であり、原告甲野はその被疑者として逮捕されるなど強制捜査の段階に至っていたこと、また、原告甲野は、本件各記事が掲載された昭和六三年一二月当時、未成年又はそれに準じる年齢ではなく、四七歳であったこと、さらに、当時、犯罪報道において被疑者の実名を報道すべきとする要請は小さくなかったこと、これらの諸事情を総合勘案すれば、被告産経新聞が原告甲野の実名を報道したことをもって別途不法行為を構成するということはできない(なお、被告毎日新聞の本件記事(一)は、一般読者をして、原告甲野に本件殺人事件に関する相当の嫌疑がかけられているとの印象を与える記事であり、また、後記説示のとおり、被告大阪新聞の本件記事(三)は、一般読者をして、原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与える記事ではあるが、本件においては、右で説示した諸事情に照らし、本件殺人事件に関する犯罪報道においても実名の報道を控えるべき義務があったということはできず、右のとおりの印象を与える記事において実名報道された点は、損害額の算定において考慮されるべきである。)。

第六  原告甲野の被告大阪新聞に対する請求

一  請求原因6(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件記事(三)が、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の犯人に間違いないと確信させるのに十分な記事であり、原告甲野の名誉を毀損する記事に当たるのか否かについて検討するのに、本件記事(三)は、「借金4千万吹っ飛ばす」「同業社長を逮捕」と大見出しで掲げた上で、リード部分において、被告丙山方で一〇月二五日にダイナマイトを仕込んだ宅配爆弾が爆発してAら五名が死傷した事件(本件殺人事件)で、県警が原告甲野ら二人を別件の有印私文書偽造容疑などで逮捕したこと、原告甲野は被告丙山に約四〇〇〇万円に上る借金があった、会社の買収をめぐってトラブルも起こしていたことから、捜査本部は恨みと借金を一挙に吹き飛ばすことを狙った一石二鳥の犯行と見ていることを記載し、本文記事において、原告甲野らの直接の逮捕容疑は有印私文書偽造等であること、原告甲野と被告丙山との間に借金を返済するか、タクシー会社の経営権を移転するかのトラブルがあったこと、原告甲野は本件殺人事件発生当日の行動についてあいまいな供述を繰り返しているものの、捜査本部は、本件殺人事件発生当日の午後五時ごろ、原告甲野の乗用車に似た車が現場付近で目撃され、運転席にいた者も原告甲野に似ていたとの情報を入手し、原告甲野のアリバイが明確でないなどの不審点があるため甲野を重要参考人として改めて事情を聴いていたこと、現場付近の聞き込みや被告丙山の交友関係者から事情聴取をした結果、原告甲野の容疑が明らかになったこと等を記載している。

本件記事(三)の記載内容の概略は右のとおりであり、本件記事(三)は、一般読者をして、原告甲野が被告丙山との間のトラブルを一挙に解決するため、本件殺人事件を犯したものであり、右は、関係者の事情聴取等から明らかとなったと印象を与えるものであり、かかる記事が原告甲野の名誉を毀損する記事であることは明らかであって、本件記事(三)の中核をなす本件記事(三)記載部分(1)から(5)までは、他の本件記事(三)記載部分と相まって、明らかに原告甲野の名誉を毀損する記事であるといえる。

三  なお、被告大阪新聞は、仮に本件記事(三)が一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の犯人であるが別件で逮捕されたと確定的に認識させるものであったとしても、社会的に関心のある犯罪事実について迅速に客観的事実を伝えることは報道機関の重要な使命であり、当該事実を読者がどう判断するかは原則として読者に委ねられているものであって、本件のような場合であっても、客観的事実を報道する報道機関に違法はないというべきである旨、また、原告甲野は本件被疑事実により逮捕される前から既に本件殺人事件の容疑がかけられていることが周囲の者に明らかとなっており、他方、被告大阪新聞の発行する「大阪新聞」は、大阪近郊を中心に発行されるローカル紙であり、かつ、夕刊紙であって、発行部数等も全国紙等と比較すると格段に少ないのであるから、本件記事(三)を含む「大阪新聞」が発行されたこととと原告甲野の名誉が毀損されたことの間には因果関係が存在しない旨の主張をする。しかし、そもそも、原告甲野が本件殺人事件の真犯人ではなく、本件記事(三)が客観的事実を伝える記事であるとは到底いえず、また、本件逮捕前、原告甲野が本件殺人事件の真犯人である旨周囲の者に明らかになっていたとはいえず、仮に大阪新聞が大阪近郊を中心に発行されるローカル紙であったとしても、本件記事(三)を含む「大阪新聞」が発行されたことによって原告甲野の名誉が毀損されたことは明らかであり、被告大阪新聞の主張はいずれも採用できない。

四  被告大阪新聞の抗弁について

1  右のとおり、本件記事(三)は、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与える記事であるところ、前記認定のとおり、Cを本件殺人事件の犯人とする有罪の判決が確定しており、原告甲野が本件殺人事件の真犯人であることについて真実性の立証はない。

2  被告大阪新聞は、仮に本件記事(三)に記載された内容が真実でないとしても、捜査本部等の捜査機関からの情報をもとに作成されたものであるから、真実と信じるにつき相当な理由がある旨の主張をする。しかし、前記認定説示のとおり、松山東署の副署長であったZが本件逮捕の発表の際に、原告甲野と本件殺人事件の関連をはっきり否定している以上、本件記事(三)を執筆した被告大阪新聞の記者に原告甲野が本件殺人事件の真犯人であると信じる相当の理由があったということはできない。

3  以上のとおりであり、その余の点について判断するまでもなく、被告大阪新聞の抗弁は理由がない。

第七  丙山に対する請求

一  警察官に対する供述の違法(請求原因7(一))について

1  証拠(甲第一〇六号証、甲第一三一号証、乙鵜第五号証、証人X、被告丙山)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件殺人事件発生の翌日、入院中の被告丙山は、警察官による事情聴取を受け、その際、本件殺人事件の犯人の心当たりを問われたところ、被告丙山が経営していた四国交通株式会社(以下「四国交通」という。)に以前勤務していたCが、四国交通を退職した後、三、四回程度、被告丙山に対して脅迫電話をかけてきたことがあったので、被告丙山は、脅迫電話の内容とともに、Cが一番怪しい旨答え、それ以外にも心当たりがないか問われたため、当時、被告丙山の娘が、その付き合っている男と揉めていたことから、どうしても挙げろと言われれば、ということで、右男の名前を答えた。

(二) その数日後、被告丙山は、警察官から再び事情聴取を受けたが、その際警察官から聞いた原告甲野が述べている湯山タクシーの社員持分権譲渡に関する話に、事実と異なる点が多くあった。また、被告丙山は、その後、県警から、Cも被告丙山の娘が付き合っていた男も犯人ではなさそうだと説明を受け、さらに、原告甲野との間で湯山タクシーの売却に合意し、被告丙山が原告甲野に多額の資金を拠出しているにもかかわらず、本件殺人事件発生の前から連絡がつかず、本件殺人事件発生後も病院への見舞いのみならず電話もなかったことから原告甲野が被告丙山から逃げているように感じ、これらの事情から原告甲野が本件殺人事件の犯人かも知れないと思い、その旨、警察官に述べた。

2  そこで検討するのに、右のとおり、被告丙山は、当初から理由もなく原告甲野を犯人であると申し出たものではなく、当初は、後に本件殺人事件等に関する有罪判決が確定したCらの名前を挙げていたのであって、その後、警察官から右両者は本件殺人事件の犯人ではなさそうだと言われたことに加え、右のとおり、原告甲野の行動には被告丙山に不審を抱かれても仕方のない点もあったことから、原告甲野が犯人ではないかと答えたものである。右のとおり、被告丙山は、殊更に虚偽の事実を並べたてて原告甲野が本件殺人事件の犯人である旨を積極的に申述したものではなく、本件殺人事件捜査への協力の一環として原告甲野が犯人である可能性について供述したにすぎないものであって、被告丙山の右行為に故意又は過失、更には違法性を認めることはできない。

二  強制執行の違法(請求原因7(二))について

1  争いのない事実及び証拠(甲第六四号証、甲第六七号証、甲第九六号証から甲第九八号証まで、甲第一三一号証から甲第一三四号証まで、甲第一三八号証、甲第一六二号証、甲第一七六号証、乙県第二二号証、乙県第二九号証、乙鵜第一号証、乙鵜第五号証、原告甲野、被告丙山)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一) 被告丙山は、昭和六二年一〇月初旬ころ、原告甲野が湯山タクシーの経営権の購入を持ちかけてきたことから原告甲野と知り合った。

(二) そして、昭和六二年一〇月一四日、被告丙山は、原告甲野との間で、代金九五〇〇万円で湯山タクシーを譲り受ける旨の合意をし、同日、三〇〇万円を、さらに、同年一一月二四日、三五〇〇万円を原告甲野に交付するとともに、被告丙山は、湯山タクシーを買いとることができれば右金員はその売買代金の内金として充当し、湯山タクシーの譲渡に関して何らかのトラブルが生じた場合には、譲渡は取りやめ、右金員の返還を受けることを考えていたことから、原告甲野との合意の下、右各金員を売買代金とはせずに、貸金の形式をとることとし、同日、右合計三八〇〇万円を債務額とする本件公正証書を作成し、その支払期限を原告甲野と被告丙山との間で湯山タクシーの経営権を被告丙山に引き渡す日として合意した昭和六三年七月末日とした。

(三) 原告甲野は、その後、湯山タクシーの社員持分権三〇〇〇口を取得し、湯山タクシーの取締役となり、湯山タクシーの実質的な経営者となって、湯山タクシーの経営権を引き渡そう思えば引き渡せる状態となった。しかし、原告甲野は、被告丙山に、湯山タクシーの経営権を引き渡さず、これを不審に思った被告丙山は、原告甲野と連絡をとるべく、昭和六三年九月ころから原告甲野の和歌山の自宅に電話を架け、また、手紙を送るなどし、連絡をとろうとしたものの、原告甲野から一切連絡はなかった。

(四) そのため、被告丙山は、昭和六三年一一月一四日、本件公正証書を債務名義として、原告甲野が所有する湯山タクシーの社員持分権全部(三〇〇〇口)の差押命令を和歌山地方裁判所に申請し(昭和六三年(ル)第二〇七号事件)、同裁判所は、同月一八日、差押命令を発し、右命令正本はそのころ湯山タクシー及び原告甲野に送達された。

(五) 原告甲野は、同月二一日及び同月二五日、被告丙山の見舞いに行ったが、二一日には差押えの話自体されず、また、二五日には、湯山タクシーの持分権の差押えが話題となり、その際、原告甲野は、被告丙山に対し、湯山タクシーの差押えについて、無理をせず、しばらく待って欲しいと申し向けたものの、被告丙山は、差押えを取り下げるなどと言うことはなかった。

(六) その後、被告丙山は、同月二八日、和歌山地方裁判所に対し、湯山タクシーの社員持分権の被告丙山への譲渡命令を申し立てた。

(七) 原告甲野は、平成元年二月二三日、Bの調達してきた金により、被告丙山に対し、右三八〇〇万円を支払い、その結果、被告丙山は、右差押命令の申立てを取り下げたものの、原告甲野は、Bとの約定により、湯山タクシーの社員持分権をすべて失った。

2  ところで、原告甲野は、被告丙山は、原告甲野に対する本件公正証書に基づく強制執行申立てを取り下げる意思がないのに、右申立てを取り下げる旨の虚言を弄し、原告甲野を欺罔して本件公正証書に基づく債務を履行する機会を失わせた旨の主張をするので検討するのに、<1>前記認定のとおり、被告丙山は、湯山タクシーの譲渡に関して何らかのトラブルが生じた場合には、譲渡は取りやめ、原告甲野に貸付けの形式で交付した金員の返還を受ければいいと考えていたのであり、湯山タクシーの社員持分権を取得するために原告甲野に対して虚偽の申入れをしてまで強制執行を継続したとは考えにくいこと、また、<2>原告甲野は、被告丙山が本件差押えを取り下げると言っていたにもかかわらず、逮捕勾留された際に、原告乙川から、被告丙山が本件差押えを取り下げていないとの話を聞き、騙されたと思った旨の供述をするものの、原告甲野が釈放された後、被告丙山に送った手紙(乙鵜第二号証から乙鵜第四号証まで)には、被告丙山の約束違反を責める記載は一切なく、むしろ、被告丙山に湯山タクシーの経営権を取得させてあげたい旨、二〇〇〇万円を用意してくれれば湯山タクシーの経営権を取得することが可能である旨(乙鵜第三、四号証)記載されていること、さらに、<3>被告丙山は、原告甲野の右申入れに対して何ら関心を示しておらず(乙鵜第五号証、被告丙山、弁論の全趣旨)、この点においても被告丙山が湯山タクシーの社員持分権を取得するために強制執行の申立てを取り下げる意思がないのに取り下げる旨虚言を弄したとは考えにくいこと、これらの諸事情を総合勘案すれば、甲第九四号証の記載を考慮してもなお、被告丙山が、原告甲野に対し、本件公正証書に基づく強制執行申立てを取り下げる意思がないのに取り下げる旨申し向けたということはできず、原告甲野の主張は採用できない。

三  以上のとおりであるから、原告甲野の被告丙山に対する請求は理由がない。

第八  共同不法行為(請求原因8)について

以上のとおり、被告毎日新聞及び被告大阪新聞は、その使用者たる記者の原告甲野に対する不法行為につき、その損害を賠償すべき責を負うところ、被告毎日新聞及び被告大阪新聞が共同不法行為責任を負うのか否かについて検討するのに、被告毎日新聞の記者も被告大阪新聞の記者もいずれも原告甲野の本件逮捕を契機として、被告毎日新聞の記者は、一般読者をして原告甲野に本件殺人事件に関する相当の嫌疑がかけられているとの印象を与える記事を、被告大阪新聞の記者は、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与える記事をそれぞれ執筆し、右各被告らの発行する各新聞に掲載したものであるが、被告毎日新聞の記者と被告大阪新聞の記者が共同して取材し、記事にしたなどの事情は一切うかがえず、いずれも独自に記事として執筆したものと考えられ、行為の共同性は認められず、被告毎日新聞及び被告大阪新聞が共同不法行為責任を負うことはないというべきである。

第九  損害(請求原因9)について

一  精神的損害について

原告甲野の被った精神的損害について検討するのに、一般読者をして原告甲野に対してダイナマイトを使用してAら五名を死傷させた本件殺人事件に関する相当の嫌疑がかけられているとの印象を与える本件記事(一)や、一般読者をして原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの印象を与える本件記事(三)を掲載した各新聞が頒布されたことによって、原告甲野の名誉が大いに傷つけられ、原告甲野が多大なる精神的苦痛を被ったことは想像に難くないところであり、特に、被告大阪新聞の本件記事(三)は、「借金4千万吹っ飛ばす」などと衝撃的な大見出しを掲げ、原告甲野が本件殺人事件の真犯人であるとの印象を強く与えるものであって、本件記事(三)を掲載した「大阪新聞」が頒布されたことを知った原告甲野の受けた衝撃は容易に想像でき、原告甲野の被った損害は決して小さいとはいえない。しかしながら、結果的に、本件殺人事件の真犯人とされるCが逮捕され、本件殺人事件等を被疑事実とする有罪の判決が確定したことが報道機関によって広く報道されており、この点において、原告甲野の名誉が一定の範囲において回復されたと考えられること、その他諸般の事情を考慮すれば、原告甲野の被った損害に対する填補としては、慰謝料として、被告毎日新聞につき五〇万円、被告大阪新聞につき二〇〇万円の支払をそれぞれ命じるのが相当である。

二  財産的損害について

原告甲野は、湯山タクシーの経営権をBに引き渡さざるを得なくなったことにより、財産的価値のある湯山タクシーの経営権を失い、また、湯山タクシーから報酬を受けられなくなったのであり、その損害額は五〇〇〇万円を下回らない旨の主張をするが、本件記事(一)及び同(三)を掲載した各新聞が頒布されたことと、原告甲野が被ったと主張する右損害との間に相当因果関係は認められず、この点に関する原告甲野の主張は理由がない。

三  弁護士費用について

被告毎日新聞の記者及び被告大阪新聞の記者による本件各不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として、被告毎日新聞につき五万円、被告大阪新聞につき二〇万円の支払をそれぞれ命じるのが相当である。

第一〇  原告乙川の被告愛媛県に対する請求

一  証拠(甲第七五号証、甲第二一六号証、原告乙川次郎)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  Bは、昭和六三年一二月一九日に逮捕され、その後、勾留されたものの、同月三一日、釈放された。原告乙川は、原告甲野の妻花子に原告甲野の弁護人となることを依頼され、その関係で、同月二〇日、松山地方検察庁内を歩いていた際、偶然、警察官に護送されて歩いているBとすれ違った。その際、原告乙川は、Bに対し、Bの弁護もしてやろうかと申し出たものの、Bは、弁護を希望するとは言わず、考えておく旨答えた。

2  その後、原告乙川は、同日、松山東署で原告甲野と接見した後、松山東署の刑事課へ行った際、顔見知りのTがおり、Tに、Bの弁護もしてやりたいので、本人が希望するかどうか尋ねて欲しい旨依頼すると、Tはこれを承諾し、Bの意向を確認した上で、原告乙川に対し、Bは考えておくというのみで、弁護を依頼するとは言わないと答えた。

二  そこで検討するのに、この点原告乙川は、昭和六三年一二月二〇日、松山東署において、Tに対し、「Bが希望するならBの弁護もしてやろうと思うから、Bの意向を尋ねて貰いたい」旨の依頼をしたところ、Tは、Bは原告乙川による弁護を希望していたにもかかわらず、原告乙川に対し、Bは考えておきますと言って弁護を依頼するとは言いませんという虚偽の事実を告げたのであり、右Tの行為は、原告乙川の弁護権を侵害したものである旨の主張をし、これに沿う供述をする。しかし、前記認定のとおり、<1>一二月二〇日、原告乙川がBに対し、Bの弁護もしてやろうかと申し出たものの、Bは、弁護を希望するとは言わず、考えておく旨答えていたこと、また、<2>原告乙川の関与の下、Bも同意した上で原告甲野が湯山タクシーの取締役に就任していたにもかかわらず、Bが、原告甲野に湯山タクシーを乗っ取られた旨県警に申告し、そのことが原告乙川に明らかとなったため、Bは、原告乙川に対して気まずい思いを持っていたと考えられること、さらに、<3>B自身、右の経緯があったため、原告乙川に顔を合わせられないとの気持ちがあった旨の証言をしていることに照らせば、Bは、Tに対し、原告乙川による弁護を積極的に依頼することはなかったものと認められ(なお、証人Bは、その証人尋問及び刑事公判において、取調べ中、Tがやって来て、原告乙川がBの弁護もしてやろうかと言っている旨告げられたものの、Tは、Bが答える前にあんたは弁護する必要がないと言って出ていった旨の証言をする(証人B七一頁、甲第七五号証)が、他方、Tが入ってきた際、原告乙川に弁護してもらいたい旨答えたとも供述しており(B七二頁、甲第七五号証)、Bの供述は一貫性がないばかりか、右<1>から<3>までに記載の諸事情に照らしても信用できない。)、Tが、Bが原告乙川による弁護を希望していたにもかかわらず、希望していない旨虚偽の事実を原告乙川に伝えていたということはできず、Tによって弁護権が侵害されたとする原告乙川の主張は理由がない。

第一一  結論

以上のとおりであり、原告甲野の被告毎日新聞に対する請求は、不法行為による損害賠償請求権に基づき五五万円及びこれに対する平成元年四月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、原告甲野の被告大阪新聞に対する請求は、不法行為による損害賠償請求権に基づき二二〇万円及びこれに対する平成元年四月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、原告甲野の被告愛媛県、被告国、被告産経新聞及び被告丙山に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、原告乙川の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石研二 裁判官 増田隆久 裁判官 谷村武則)

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